妖鬼譚
キィィィィィィィィン――……
そんな澄んだ音を立てて、今迄数多の鬼門を斬り裂いてきた筈の光の相棒たる斬魔刀は、白石の手刀によって四分の三程の処で砕かれてしまったのである。
折れた刃は、くるくると回転しながら宙を舞った後、ドスリという重い音と共に地面へと突き刺さる。
「財前!!」
「嘘、やろ……」
「アハハハハ、勝負有り、やな」
と、白石は呆然と自分の手元の折れた刀を見つめる光を嘲笑ってみせる。
その醜悪な笑みに瞬時に我を取り戻し、くそ、と舌打ちした光は、懐から何枚もの攻撃用の符を取り出すが、人を遥かに超える呪力を持つ鬼門である白石を、呪符で仕留める事は不可能であるという事は、彼が一番分かっていた。
だが此処で退く訳にはいかない、と余裕の表情を見せる白石を睨み付ける。
「何や最後迄抵抗するんか?悪足掻きは見苦しいで」
「五月蝿い」
そう叫んで光が放った符は炎や雷の軌跡を描いて高笑いをする鬼門へと迫るが、白石はそれらをまるで羽虫の様に簡単に振り払うと、右手で光の首を掴むと軽々とその身体を持ち上げて宙へと吊り上げてみせた。
光は手足を振って必死に抵抗するが、首を強烈に締め上げられてしまい、すぐに呼吸もままならなくなる。
「カッ……ハ…」
「ハハハ、お前もこれで仕舞いや!!」
と、白石は歪んだ歓喜の叫びと共に、左腕の手刀で光の心臓を一突きにして絶命させようした。が。
―ブスッ。
白銀の刃が背後から白石の心臓を真っ直ぐに貫く。
突然その身を襲った痛みと衝撃に、驚愕の表情を浮かべて首を後ろへと回した白石の視界に映ったのは、折れた刃を指が傷付く事も厭わずに震える手で強く握り締め、必死に自分へと突き立てる謙也の姿。
「謙、也……?」
「もう、これ以上、俺の大切な奴は殺させへん……ッ!!」
「け、謙也さ……、逃げや!!」
地面に投げ出された光は、咳き込みながらも謙也の身を案じるが、謙也は抜かれてなるものかと白石の身体を貫く刃から手を離そうとはしない。
だが、白石はそれを抜こうとはせず、驚いた事にその花が綻んだ様な歓喜の表情を浮かべた。
「死ぬんは俺かて嫌や……けどな、謙也に殺されるんやったら、それでえぇわ」
―俺を殺してくれて、ありがとぉ。
そう言ってまるで幼子の様に無邪気な微笑みを浮かべたまま、白石は目を閉じるとその場に崩れ落ちて完全に事切れた。
ドサリと地面へと転がった白石の姿に、漸く刃から手を放した謙也は、傷付いた手で自分の身体を抱き締めると歯をカタカタと鳴らす。
そして、まるで血の気が引いた様に真っ青な顔でその場に崩れ落ちそうになる身体を、光は慌てて受け止めた。