妖鬼譚
第二章 鬼門
「……な、何やねん……」
突如異形に変じて襲い掛かってきた男に、それを一刀両断にした朝、自分に暴言を吐いて刀を突き付けて来た少年。
目の前で起きた日常では決して有り得ない事の連続に、謙也の頭は大混乱状態だった。
「怪我は……無いみたいやな」
立ち竦む謙也の傍迄やって来た少年は、さっと彼を一瞥して特に怪我が無い事を確認すると無言で立ち去ろうとした。が。
「ま、待てや!!」
謙也は、鞘に収めた長刀を背中に背負い直してこの場から立ち去ろうとする少年の腕を掴んで、動きを止めた。
少年は不愉快そうに眉を顰めて、手を振り払おうとした。しかし謙也はその手を離そうとはしない。
今此処で彼を逃がしてしまったら、この異常な状況の謎が分からなくなる。そんな予感のような物を感じ取ったからだ。
「一体全体、このバケモンは何やねん!?それにお前は何なんや!?答えや!!」
「アンタには関係無いっすわ。せやから、早よ忘れや」
「襲われたんやから、関係無い訳ないやろ」
「……」
「このまま何も言わへんのやったら、お前が真実を話す迄、地の果て迄でも追っ掛けてったるからな」
浪速のスピードスターの足を舐めるな、と荒々しく息を捲く謙也。眼光も鋭く睨み付けて来るその様に、少年はどうやら面倒な事になってしもたわ、と深々と溜息を零した。
「……そんなら移動しましょ」
「へっ?」
「此処やと落ち着いて話せへんから、移動するって言うたんや」
「えっ?この状況、放置でえぇんか?」
と、謙也は今少年が真っ二つに切り裂いた化物にチラリと視線をやる。断面から溢れ出たどす黒い血が池を作っていて、生臭い嫌な臭いが辺りに充満しつつあった。
だが、だからといって何か出来る事がある訳ではないが、このままこの死骸を放置するというのも、何というか具合が悪い。
「それやったら何とかする奴がおるんで、そいつらの邪魔せん為にも早よ動かなあかんねん。分かったんやったらほな行くで」
「お、おん……」
足早にこの場を後にする少年を追い掛けて、謙也も此処から立ち去ったのだった。