妖鬼譚
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謙也が少年に連れて行かれた先は、純和風の趣きの漂う喫茶店。
どうやら黒髪の少年はこの店の常連らしく、すぐに和服の給仕を捕まえると品書きも見ずにさっさと自分の物を注文してしまう。
取り敢えず待たせてしまっては悪い、と謙也も慌てて最初の頁に『お薦め』と書かれていたクリーム餡蜜を注文した。
「で、まずお前の名前、何て言うんや？俺は忍足謙也や。名字で呼ばれるんは好きやないから、下の名前で呼んでや」
「……財前、光」
「財前やんな、了解。で、あのバケモンは何なん？テレビとかの撮影、なんて事はないんよな？」
待つ事や腹の探り合い的な事が好きでは無い謙也は、直球で疑問を投げ付けた。
其処迄前置きも無しに本題を振られ、どう返すべきか、と少し思案した光だったが、下手に誤魔化して後で揉めるよりはと、素直に情報を与える事にする。
「アイツらは『鬼門』や」
と、光は最初に持って来られたお冷やのグラスの外側にびっしりと降りていた霜を左の指で拭うと、それで机の上にさらさらと漢字を書き連ねてみせる。
「『鬼門』？何や、それ……？」
「闇に生き人を食らう異形の総称っすわ。アイツらは、食料として他の生物の血や肉を求めて人を襲うんや」
「ず、随分と物騒な奴らやんなぁ」
「で、俺はそんな鬼門を滅するのが生業の家の者なんすわ」
「えーと……つまり、財前は世界平和の為に悪い鬼を退治しとる正義の味方って事か？」
「……まあ、その認識で問題無いっす」
――別に正義や平和を守るといった自分の意思で他人の為に鬼門と戦っているのではなく、単に鬼門を滅する家系に生まれ付いてしまったが故にその家に生きる義務を果たしているだけだ、等と初対面の人間に言うつもりも無いので、光は謙也の言葉を曖昧に肯定してみせる。
基本的にオカルトの類は全くと言っていい程信じていない謙也だったが、自分の目であんな化物を見てしまったのだから、今光から告げられた言葉を疑う事は出来そうになかった。
「にしても、お前、随分えぇタイミングで出て来たな」
「ああ、それは、朝も言うたやろ、アンタから鬼門の血の臭いがするって。あの場は面倒やったから一端引き下がったけど、怪しいからはっきりさせたろうと思ってアンタの後付けとったんや」
「それって、俺の正体探ってもし鬼門やったら退治したろって、ストーカーしとったっちゅー事か？」
謙也の問い掛けに対し、光は無言で頭を一つ縦に振る。
その反応を見た瞬間、謙也はバン、と机を力強く殴り付けた。その勢いで飛び上がったグラスからお冷やが少し零れたのだが、そんな事はお構い無しに謙也は年下の少年に向かって苛立ちを容赦無くぶつけた。
「せやから俺はその鬼門とかやないって言うとるやないか、阿呆!!俺の何処を見たらあないなバケモンに見えんねん!?お前の目ぇは節穴か、ガラス玉か!?」
「……面倒な話なんですけど、力の有る鬼門は、あないな化物の姿やなくて、普通の人と同じ姿しとるんですわ」
木を隠すなら森の中と言うように、確かに食料である人と同じ姿をしていれば、食らうべき相手を騙す事も光のような敵の目を欺く事も容易に可能である。
それ故、光は鬼門の血の臭いを感じ取った謙也を、人に擬態した鬼門だと思ったのだが。
「……でも、まあ、確かに鬼門に襲われた以上、アンタは鬼門やない」
彼らは同族の血肉を食べる事は無いらしく、鬼門が同士討ちをするはいう事が無い。だから、襲われた謙也が鬼門である筈がない、と結論付けざるをえなかった。
「でも、そうやないのにそないに臭っとるって事は、多分アンタ、狙われとるんやと思います」
「えっ？えぇぇっ!?お前がさっきスパァッてやっつけたやないか」
「あないな雑魚やなくて、もっと強い人に普段は紛れとるような奴っすわ。でも、そないに目立つようにしかマーキングしてへんのやから、其れ程賢い奴やあらへんとは思いますけど」
と、光は肩を竦めてみせると、丁度やって来た白玉善哉に舌鼓を打つ。
一方の謙也は、そんな物騒な事を言われてしまい、食べようとスプーンで掬った筈の餡蜜を床へと落としてしまった。
「何で俺がんなモンに狙われなあかんねん!?」
「知りませんわ、俺は鬼門やないんですから」
「俺はまだ死にた無いわ」
「あ、それやったら面倒やけどそのアンタを狙っとる鬼門を見付け出して倒す迄の間、アンタに貼り付くつもりなんで宜しく頼みますわ、えぇっと……忍足先輩」
「な、何やてッ!?!?」
シレッとした光の突然のストーカー発言に、謙也は目を丸くして固まきるしかなかったのだった。