妖鬼譚
肆章 仲間
「変や、やっぱおかしい……」
一刀の元に襲って来た鬼門を斬り伏せた光は、不機嫌そうに顔を顰めてみせた。
こんな訳分からんモンと戦っとるんに素面のまんまなお前のがよっぽどおかしいわ、神経ワイヤーで出来とるんか、と物陰に隠れていた謙也は、漂ってくる血臭に嘔吐きそうになりながら、そんな事をぼやいてみせる。
この日は昨日宣言した通り、光は授業中を除いてほぼずっと謙也にベッタリと貼り付いていた。
同じクラスの小石川には、その姿が休学明けの後輩が面倒見が良い先輩を慕っているように見えたらしく、『随分好かれたみたいやな』と、微笑ましい視線を向けられたのだが、正直五分休みのトイレにまで着いて来られるのは勘弁願いたかった。
しかし、実際、普段通り昼休みに一人でお気に入りの学校裏の木陰でランチタイムを楽しもうとした処に不躾にも鬼門が謙也を昼食として狙って来たのである。そんな状況で彼らのメインディッシュにならずに済んだのは、この時も生真面目に謙也を見張っていた光がいたからだ。
それ故に文句を言う事も出来なくなり、今もまた部活後の疲れ切った身体を引き擦った帰り道を狙ってなのか、鬼門が現れて丁度それを始末し終えた所だった。
「あ、忍足先輩、もう出て来てええですわ」
そう促され、隠れていた角から顔を出した謙也は、目の前に広がる光景――夕闇が迫って薄暗くなりつつある裏路地の片隅で、胴を真っ二つに斬り裂かれ、断面からは筋肉やら内臓やら余りそれが何か考えたくない物がぐちゃぐちゃと露出しているどう見ても人には見えない『何か』の死骸から足元に向かって血の池が広がりつつあるという凄惨な状況――から目を逸らしながら、改めて先程と同じ感想を胸の中で呟いたが、思っている事とは別の事を口にした。
「おかしいって、何がやねん?」
「何がってこの襲撃回数ですわ」
と、光は足元に転がる鬼門の死骸を一瞥しながら、鞄から出した懐紙で刀に付着した血脂を拭う。
その余りにも手慣れている様に、ホンマ恐ろしい中学生もおるもんやな、と薄ら寒い気持ちになる謙也だが、そんな風に思われている事を知ってか知らずか光は言葉を続けた。
「二日で三回も同じ人間を鬼門が襲うなんて、滅多にある事やあらへん。しかも明らかに雑魚ばっかで、本命が出て来る気配も無い。こんなんおかしすぎっすわ」
「おかしいって、自分、原因分からんのか?」
「正直、俺にはさっぱりっすわ。せやから専門家に話聞こうと思います」
そう言う光の顔は、余り気乗りがしない様子である。しかし、謙也は光の話の内容が気になったのかそちらの方にに食い付いてみせた。
「専門家?んなモンおるんか?」
「……正直、あんま会いたないんですけどね。でも、ウチの中じゃ鬼門関係の知識はピカ一なんで、多分何らかの答えはくれると思います」
「ふーん、そんなら何か分かったら明日教えてや」
「何他人事みたいな態度してるんですか、ついでやからアンタの事も見て。俺は今でもアンタが鬼門やって思っとるんやからな」
「痛ッ、痛いわ離せ、別に逃げたりせんから、そないに耳ギュウギュウ引っ張んなや!!」
と、半ば無理矢理引き摺られるようにして、謙也は血生臭い裏路地を離れる事になったのだった。