Last Scenes
このシーケンスの静雄は、かつてなら臨也に見せるはずのない色々な表情を晒す。それは、このシーケンスの静雄にだけ備わっているものではなく、平和島静雄という人間が本来持っている表情なのだろう。そんな表情のひとつひとつが鮮やかで、忌々しいほど目に焼きつく。
今の静雄は、泣いているようだった。俯いて、金の髪が頬に掛かっている。それだけだ。だが臨也は、泣いているのだと思った。
馬鹿だな、まるで俺が君のせいで怪我をしたみたいじゃないか。俺は君のせいで傷つくほど落ちぶれちゃいないよ。そう言って、嘲笑ってやりたいのに、悔しいことに声がでなかった。
それはあるいはただの夢だったのかもしれない。目を覚ましたときに、静雄の姿などどこにもありはしなかった。
「おはよう臨也。君は見た目の割りに結構頑丈だよねえ」
病院の個室で目を覚ました臨也にそう声を掛けてきたのは、新羅だった。忌々しく眉を顰める臨也を尻目に、新羅は滞りなくこれまでの経緯を説明した。
すなわち、臨也は頭部を打って一日ほど眠っていたこと。不良メンバーには救急治療室に運ばれた者も幾人がいたので、それに比べれば臨也は軽傷だったこと。卒業式は、パトカーさえ見守る中で物々しく執り行われたこと。静雄は、出席を禁じられたこと。
「幽君に連絡してみたんだけどね、静雄、どこかへ行っちゃったみたいなんだ」
「…は?」
「家出とかそういうんじゃないみたいなんだけど。遠方で働く、って言って、今日のうちに家を離れたんだって」
臨也は息を飲んで、白いベッドから飛び降りようとする。幸い怪我自体はたいしたことはない。今動けば、静雄の行方などすぐに分かるだろう。だが、その動きを止めたのは新羅だった。
「やめときなよ、臨也。静雄も君に怪我を負わせてそりゃもう茫然自失とはこのことか! って有様だったんだ。多分、君が追っても静雄は逃げるよ」
「……」
いつになく真剣な声で諭す新羅に、ぎり、と音がするほどに、臨也は自身の唇を噛んだ。
不自然で甘い関係で、静雄が臨也に触れることを躊躇っていたのは、臨也を傷つけることでこの関係を壊すことを怖れるためだった。そのことに臨也も気付いていた。結局このシーケンスで、無理に築いてきた砂の砦のような絆の行き着く先がこれだったのだ。
再びベッドに身体を沈め、臨也は目を閉じる。伏せた瞼に浮かぶのは、臨也の前に晒された寝顔であり、あの屋上で「変なヤツだな」と笑った顔でもあった。あの時、誤魔化さずに、ずっと静雄から目を逸らせずにいた理由を告げられていたのなら、今とは違う結末にたどり着けたのだろうか。しかしすべては今更なことだ。
瞼の裏で、静雄が微笑む。どんなに腕を伸ばしても、もうそれには届かない手のひらで、臨也は自身の顔を覆った。
作品名:Last Scenes 作家名:サカネ