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Last Scenes

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The Last Scene



ひどく、悲しく虚しい思いで瞼を開けた。基本的に自分の欲求に素直に楽しく生きている臨也が、こんなに悲しい気分になることはあまりない。
瞼を開けると、目の前に広がっている光景は、池袋のごちゃごちゃした街並みでもなければ、母校の薄汚れた白い校舎でもない。耳に馴染んだ、若い群れの浮ついた声も、深緑の黒板も、リノリウムの床もなかった。そこにあったのは、品のよいインテリアが適度に居並ぶ、見慣れた、しかし酷く懐かしいようにも感じる、自分のオフィスだった。
大きな窓枠から入り込む日差しが、じりじりと臨也の黒衣を照らしている。冷暖房完備のこのオフィスでも感じるこの日差しが、紛れもないこの酷暑の夏を示している。慌てて携帯電話で日時を確認すると、遥か昔に感じる現在の夏の日に、臨也が中年男からブレスレットを巻き上げ、このオフィスに帰ってきた時間から数時間と経ってはいなかった。
白昼夢。そんな言葉が頭を過ぎった。
ふと手を見れば、そこには金の鎖のブレスレットが握られていた。しかしその鎖に通されていた、3つの水晶はなくなっている。軽く辺りを探したが、どこにも見当たらなかった。






臨也にしては珍しく、かなり混乱した思考回路のまま、旧知の闇医者の家を訪ねた。
闇医者はいつもと変わらずちょっとだけ迷惑そうに「やあ臨也」と迎え入れる。手渡されたコーヒーに口を付けることさえなく、自分でも少し高揚しているとわかる語り口で、この三度のタイムリープについて、多少話をかいつまんで語った。
新羅は最初、「この中二病患者は…」という呆れを隠そうともしなかったが、話が進んで行くうちに、多少気分が乗ってきたようだった。そして三度目のタイムリープまで臨也が語り終えると、ゆっくりと瞬きをして、臨也をしっかり見据えて口を開いた。
「君は、本当は何がしたかったんだい」
「…は?」
「後悔が残ったから、また同じように静雄との再会をやり直す。三度やり直しても、結局後悔は残ったんだね。じゃあ君は、本当は何がしたかったんだい」
あたたかくも冷たくもない声で問われて、臨也は新羅の顔を見返した。新羅はいつもどおり、不透明な笑顔を浮かべている。臨也もいつもどおり、口の端を皮肉の形に持ち上げて応えた。
「決まってるだろ。あの化け物を、弄んで傷つけて跪かせてやりたかったんだよ」
よどみなく言い切るが、新羅はじっとこちらを見て、言葉の続きを待っているようだった。視線が言外に、それだけではないはずだと訴えている。確かに、弄んで傷つけたいだけなら、2回目や3回目のループは必要ではなかった。触れ合えない静雄に満足を得られず、後悔して、焦燥を募らせてはまたやり直したくなった、その理由はなんだったのだろう。
弄んで傷つけて跪かせて、それから。それから。少し思いを馳せるだけで、静雄の姿が瞼裏に浮かぶ。それは、不敵な笑みを浮かべながらガラスのない窓枠の中で日に透ける鮮やかな姿であり、臨也に慣れた仕草でカクテルグラスを出す姿であり、屋上の日差しの中で「変なヤツだな」と笑った顔でもあった。
どれも、結局臨也のものにはならなかった静雄だ。鮮やかで、眩い光を放つ、どんなにこの腕を伸ばしても、臨也の手の届かない男。

――思い切り弄んで傷つけて跪かせて。
――そうだ、それから。それから、そのからだを、抱きしめて。

至った結論は、そんなつまらないものだった。それはつまらなくて、笑いがこみ上げてくるほど馬鹿らしくて、それでいて、途方もなく、かなしい。
沈黙を残して妙に沈み込んだ表情の臨也に、新羅は溜め息をついた。
「結論は見つかったかい?」
「……できれば、出したくなかった結論だけどね」
「それは是非聞いてみたいな」
「絶対にごめんだよ」
ふうん。と大して興味もなさそうに応えた新羅は、もうすっかり冷めて湯気も出ていないコーヒーに口を付けてから、ひたりと臨也を見た。
「それじゃあ臨也。その出た結論、結局君が何をしたかったかについてだけど」
「……」
「それを今から実行することは、絶対にできないのかい?」
当然のように新羅が聞いてくる。そんなことできるはずがない、と答えようとして、臨也は一瞬だけ思考を巡らせた。平和島静雄の背中を抱きしめる。それはこれまでの臨也がどうしても出来なかったことだが、本当にできないのだろうか。

そんなことを考えながら、臨也はぼんやりと普通に歩いていた。愛する人間達を観察しながら、ふわふわと、あるいはスキップでもしそうな勢いで妙に楽しげに歩くことが多い臨也が、人間が無数に蠢く街中を、ただ普通に歩くことなど滅多にない。それほどまでに考えに没頭していた。だからこそ、自分の足が無意識のうちに、サンシャインへと続く池袋のメインストリートに向かっていることに気付かなかった。
気付いたのは、ぼんやりと見るとはなしに見ていた視界に、頭一つ抜け出た金髪の男を気付いた瞬間だ。思わず体が硬直する。
金髪にバーテン服、サングラス。見慣れたそれが、妙に懐かしい。無理やり服従させても、ほぼ接点なく過ごしても、親友として過ごしても、ずっと手に入れたくて焦がれてきた姿。そして、一度も臨也のものにはならなかった、忌々しいほどに強い光を放つ姿だ。
曰くつきの水晶はもうない。もう二度とやり直しはきかない。最後の最後に立たされて、それでもどうしても、この男が欲しい。少しずつ近づいてくるバーテン服の男を見ながら、臨也はぐっと手のひらを握り締めた。指先が緊張のせいで冷たくなっているが、そんなことに気をやっている余裕はなかった。
今後こそ、自分が本当にしたいことを成し遂げて、ラストシーンを迎えなくてはいけない。
さあ、最後の、選択だ。
臨也はからからに乾いた喉に唾を流し込んで、泣きたくなるほど鮮やかな金髪と対峙した。




「や、やあシズちゃん元気そうで何より。…ちょっと待ってゴミ箱投げないで、俺今日は戦う気ないよ! 本当だって、何だったら俺が持ってるナイフ、全部この場で捨ててもいい。…やだな、何も企んでないってば。もし俺がシズちゃんに何か危害を加えそうになったら、今日は殺してもいいよ。…は? 失礼だな、熱なんてないって。ただ、ちょっと、…おかしいな、俺、今少し混乱してて何を言えばいいのか分からないんだ。 ってちょっとシズちゃんどこに電話してるの。救急車? さっきから言ってるけど熱なんてないってば! いいから、ちょっとそのゴミ箱を置いて電話を切って、俺の話を聞いてよ。

そうだな、とりあえず、俺がずっと、本当にもう忌まわしくなるほどずっと、君に関わり続けてきたその理由から話そうかな。とても短い理由だから、ねえシズちゃん、聞いて」


作品名:Last Scenes 作家名:サカネ