僕のmonster
(きみが、もし、)
竜ヶ峰帝人は見た目は十代半ばの少女だ。
しかしそれはあくまで見た目だけであって、実際は何百年と時を経た吸血鬼と呼ばれる種族だ。つまり人間ではない。
轟々しい名前は、日本という土地に住み始めてから、ちょっとだけ親密な関係になった人間に与えられた名前だ。名乗らなければいけない時は考えるのが面倒なのでそれにしている。たまに田中太郎というかなり平凡な名前も使っているが、それはハンドルネームとしてネットという社会の中だけにしている。
そんな彼女は今池袋という街に住んでいる。あまり帰省概念の無い(好奇心の赴くままに海を渡り陸を通りあっちこっちふらふらしているだけの風船吸血鬼だと昔言われたことがあった)帝人をここに呼び寄せたのは、デュラハン――首無し妖精であり、帝人の種族を越えた友人のセルティだった。首を無くした友人が人間と同棲していて、かつ、人間が請け負うような(それでも表だって言えないものだが)仕事をしていることに驚きと、そして興味を持った帝人は一も二も無くその提案に頷いた。
(なるほど、面白い街だ)
帝人は来てすぐに、池袋を気に入った。人犇めく街は常に変化し合い、破壊され、再生を繰り返す。人間というよりも、その人間達が繰り出す異常とも言える日常を帝人は好んでいたのだ。つまり、退屈が苦手で、好奇心が非常に旺盛な帝人は、一種の快楽主義者だった。面白いと感じれば、帝人はまず拒まない。しかし同時に吸血鬼としては非常に理性的であり常識人でもあったので、人間を玩んだり、命のやり取りをさせるような危険な目には率先して合わせたりはしない。あらゆる現象の中で傍観の姿勢を持つことが、帝人の楽しみ方だ。たまにこれはちょっとなぁと思った時は首を突っ込んで助言したり、手を貸したりする。その時に知り合う人間も居て、帝人は本人でも意識しないままに交友関係を広くしていた。
(大人になっても、僕のことを、忘れずにいられたら)
帝人は週に1度、友人セルティとその恋人の新羅が住むマンションに血液パックを貰いにやってくる。
本当は生き血を啜るのが一番良い。しかし、帝人は吸血鬼にあるまじき面倒くさがりで、人をおびき寄せ巧みに騙し血を啜るというまでの行為が数百年経った今でもあまり好きじゃない。どうせ血を啜らなくても生きてはいけるのだ。例えば植物の精気とか、人の唾液とか、血液程ではないが生きる糧にできる。吸血鬼としては弱くはなるが、まあそれはそれでいいかと帝人は思っている。
好意的に血を差し出してくれるのならいい。しかしどこにそんな酔狂な人間がいるか。ああ、でも昔居たなぁと、帝人は過去に想いを馳せた。
竜ヶ峰という姓を与えた日本人と、そして、自分も化け物だと泣いた幼い子供。
(俺の血、やるから)
そう言って、帝人が離れることを拒んだ子供。愚かしくて馬鹿らしくて、それ以上に愛おしくて、帝人は血を貰う代わりに約束を残して、子供の元を去った。
あの子供は今どうしているだろうか。おそらく人間の年にするともうとっくに成人しているはずだ。
じるじると血液を飲みながらぼんやりと思い出していると、目の前にすっとPDAが掲げられた。
【どうした?元気ないぞ?血が足りないのか?】
連なる質問に、帝人は噴き出しながら顔を横に振る。
「違うよ。ちょっと昔のこと思い出してただけ。血は充分だよ」
【嘘吐け。本当はもっと必要なんだろう?】
「動けるぐらいでいいんだ。あんまり摂取したら、人に紛れるのが難しくなるから」
「それは吸血鬼としての力が強くなるからかい?」
向かい側のソファに居た新羅に問い掛けられ、帝人は無くなった血液のパックを丸めながら「そう」と頷いた。
「気を抜くと、物壊したり、人間からすればあり得ない跳躍したりするんですよ。僕はあくまで普通に人の社会を見てみたいので」
「へえ、まるで静雄みたいだねぇ」
「静雄?」
【私と新羅の友人だ。ちょっと、というかかなり力が強い人間なんだ】
「ほら、道端に自販機とかあるだろ?あれを軽々持ち上げて、放り投げるぐらい」
「・・・・・すごいですね」
帝人はあれ?と首をひねる。何かそういうの昔聞いたことがあるような気がしたのだ。何と云うか、喧嘩して冷蔵庫を持ち上げたみたいな、そんな話だったような。
【帝人?】
「え、ああごめん、何でもない」
しかし、別の話になった途端その疑問は自然と消え失せた。その規格外の力を持つ『静雄』という人間も、新羅とセルティの友人なら、いつかは出会えるだろう。長い時を生きる帝人はそこらへんは暢気だった。
出されたケーキに舌包みを打つ。美味しくて、今度また一緒に買いに行こうとセルティと約束をした。
そういえば、行くなと帝人にしがみ付いたあの子供は、何て名前だっただろうか。