僕のmonster
(きみがもし大人になっても、僕を忘れずにいたら)
今日はセルティと約束していたケーキを買う日だ。待ち合わせ時間より早く到着した帝人は、指定された公園で缶ジュース片手に流れていく人の波を眺めていた。
人間を見てついつい「美味しそう」や「まずそう」などと思ってしまうのは、吸血鬼の性だろう。帝人は性別に拘りはないが一応好みはある。しかし最近はもっぱら血液パックやらに頼っているせいで、美味しい血には巡り合えていない。二人組の高校生が横切る。(最近の若い子の血はあんまり美味しくないんだよなぁ)そして都会の子より田舎の子のほうが実は美味しかったりする。食生活の違いからだろうか。(あ、あの子は美味しそう)あどけない風貌でそんなことを考えているとは露知らず、帝人の目の前を相変わらず人が通っては過ぎて行く。
五分ほど経った頃だろうか、空になった缶を玩んでいると、遠くから「みかぷー!」と声を掛けられた。帝人をそう呼ぶのはたったひとりしか居なかったので、苦笑しつつもベンチから立ち上がり、手を振ってくる女性に同じように手を振り返した。
「こんにちは、狩沢さん」
「やっほーみかぷー!元気だったー?」
「ぼちぼちですよ。遊馬崎さんと門田さんもこんにちは」
「こんにちはっス」
「よう」
彼らとは帝人がやんごとなき事情で首を突っ込んだ事件の時に知り合った。回想するには長いので割愛するが、それから顔を見るたびに挨拶したり立ち話をする仲になっている。
「今日も例のお店廻りですか?」
「おうともよー!今日もお宝ゲットしたよ、みかぷーも見る?」
「あはは、遠慮します」
「竜ヶ峰は待ち合わせか?」
「はい、友人とこれからケーキを買いに行く約束してるんです」
たぶんもうそろそろ来る頃だ、と言いかけた時、帝人の目に空飛ぶ自販機が映った。
「・・・・・・・・・・・わお」
さすがの帝人もちょっと驚いて、思わず声を漏らす。帝人につられて同じ方向へ目を向けた三人が「あーあ、またやってるよ」とどこか呆れた口調で言った。
「あれれ、みかぷー初めて見たの?」
「噂では聞いてましたけど、実際見るのは初めてです。・・・本当に飛ぶんですね自販機」
(これはこれは、・・・・本当に興味深い)
帝人はあどけない顔に、うっそりと笑みを敷いた。同属もしくは人外の気配は近くに感じられない。だとすると純粋な人間が起こしているのだろう。あの異様とも思える光景を。
「みかぷー悪い顔してる」
「・・・ああ、すみませんつい」
「近づくと巻き込まれるぞ。奴は切れると正気に戻るまで周り見えてねぇからな」
「奴?」
「名前知らなかったんスか?平和島静雄っス。池袋最強で、喧嘩人形の」
「へいわじま、しずお」
【私と新羅の友人だ。ちょっと、というかかなり力が強い人間なんだ】
(ああ彼が)帝人は俄然興味が湧いてきて、もうちょっと近くで見ようと喧噪がする方向へと足を運ぶ。慌てて門田らが止めるが、帝人の意識はもう『平和島静雄』にだけ向いていた。
まるでミステリーサークルのように、ぽっかり空いた周囲。その中央でバーテン服を着た金色の髪の男が何処にでもある自販機を持ち上げていた。帝人はふと眸を淡く輝かせる。―――やはり彼は人間でしかない。(僕らの立場って何?って思うような光景だなぁ)存在意義が・・とノリで思っていると、群衆からはじき出されたのか、少女が短い悲鳴を発し転んだのが見えた。同時にそちらへ向かって自販機が飛んでくるのも。
考えるよりも先に身体が動いた。
ドガッッ
少女に当たる寸前で前に出て、半回転した勢いのまま右足で自販機を蹴り軌道を変える。レギンス穿いてて良かったと帝人は片隅で思う。自販機は人の居ない方向に飛ばされたのか落下音が響く。蹴りあげた右足を下ろし、唖然とこちらを見る金髪の男に帝人はきっぱりと告げた。
「じゃれ合うならもっと広くて人のいないところでしなさいね、坊や」
後ろを振り返り、ぺたりと座りこむ少女に手を差し伸べる。
「立てますか?」
「あ、はい、大丈夫です。・・・・ありがとう、ございます」
掴んだ手をよいしょっと引き上げる。ずれた眼鏡を戻して、愛らしい顔の少女はもう一度「ありがとうございます」と告げた。
「災難でしたね。でも怪我が無くて良かったです」
「ああああ杏里ー!!無事かーーー!!?」
「あ、紀田君」
「お友達?」
「はい」
「じゃあ、早く行ってあげないと。今度は気をつけてね」
「あのっ、・・・お名前教えていただいても、いいですか?」
「僕?・・・・僕は、」
「――――――帝人!!」
名を呼ばれたと同時に腕をひかれ、強引に振り向かされる。見開かれた蒼の眸に、あの金髪の男の顔が映った。瞬間、端正な顔立ちが歪み、腕を持ち上げるように再度引かれ、男は帝人の身体を腕の中へと抱いた。抱きしめられたのだ。
(どええええええええええええええ!!?)
反射的に逃れようともがくが、男の人外の力は吸血鬼としての本来の強さが半分になっている状態(それでも飛んでくる自販機を蹴りあげる力はある)の帝人では到底抜け出せない。
(なななな何だこの人間ーー!!?)
それでも諦めず押し当てられた胸から距離を取ろうと手に力を込めようとした時、上から「見つけた」と震える声が落ちた。思わず見上げると、薄茶色の目と目が合った。
「会いたかった、―――――帝人」
その色を見た瞬間、過去の記憶が鮮やかに蘇る。
痛いくせに痛いと言わないから、わざと傷口に触れて、言わせてやった小さな人間の子供。連れて行けと腰にしがみ付いた子供。
そうだ。あの子供の名前は確か、
「静ちゃん!」
「それで呼ぶんじゃねぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」
色々と台無しである。