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【フェルテス】ベッドならどこでも眠れる街、第二章にて【ダニル】

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 誰に言うでもなく呟いて、常に暗いこの地にも明るく輝く緋色の髪を追いかける。マナン情報屋の小さな主がフェルテスを気に入っているのなんて、いつも側で見ているダニルには知れたことだ。
 本人に知られれば真っ赤になって否定するだろうし、その上かれの優秀なボディガードに片言で怒られそうなので、口に出す気はさらさらないが。

 灯りの消えた情報屋の扉の向こうに消える後ろ姿を見送って、ダニルはふうと息をつく。凝視しすぎた目と凝り固まった首を回せば、枯れ枝の折れるような音がした。見上げた空は常よりもなおいっそう重たく霧が垂れ込め、街を照らす灯りも、刻一刻とその強い光の数を減らしている。アビスターナは既に深夜に近い時間帯だ。
「残りの仕事は明日に回しちまいやすかねェ……」
 こんなに近くで慣れ親しんだ巣を見た後で、わざわざもう一度街に繰り出す気にはなれない。順調とは言いがたいが情報集めもそれなりに進展したし、今日くらい日付が変わる前にベッドに入ったとて罰は当たるまい。うんうんと一人頷いて、数分前のフェルテスと同じ動作をなぞるように、情報屋の扉を押し開ける。
「エルオの旦那ァ、ダニルがただいま帰りやしたぜー……っと、あれ? 旦那?」
 見に覚えのありすぎる小言でちくりとやられるか、仕事の進展を問われるか。情報屋へ戻ってきたダニルへエルオが返すのは、大抵そのどちらかだった。
 だが定位置であるカウンターの向こうには誰もおらず、小さなランプがぼんやりした光を灯しているだけだ。
 それもそうか、とダニルは一人納得する。この時間なら、まだ幼い雇い主はとっくにベッドの中だろう。
 カウンターの向こう、一段低くなった作業台の上には開いたままの帳簿と羽ペン、蓋を放り出されたインク壺。帳簿は落書きで埋まっていて、羽ペンを取り上げてくるっと回転させれば、先端に残ったインクが紙の上に斑を描く。天井からはベッドに何かが落ちるような音と、人の言い争う声。
 ダニルは苦笑してペンを置いた。
(フェルテス待ちすぎってハビルに怒られて、ベッドに叩き込まれたってところでやすかねェ?)