【フェルテス】ベッドならどこでも眠れる街、第二章にて【ダニル】
普段ならきつく引き結ばれている唇は薄く開かれ、見え隠れする舌もこの世界に生きる男にしては――そう言えばかれは怒るだろうか――色の白い肌と対照的に赤く、濡れそぼった様子がどことなく色っぽい。頬に細く影を落とす睫毛の長さがその感想を後押しした。
見上げてばかりの男だったから、見下ろした時に見える表情がこんなにも違うことに、ぞくぞくとわくわくを足したような感動が身体の奥から湧き上がる。
本人に知られたら眉をひそめて気味悪がるか、無言で立ち去られるかしそうなことを考えつつ、ダニルはぼんやりフェルテスの顔に見入っていた。忘れていた眠気に気づいたのは、彼は睫毛の先まで赤いと気づいた時だ。
この部屋に備え付けられたベッドは二つ。だから一つをフェルテスに取られたところで、寝場所がなくなる危機に陥ることはない。だがどうしてだかその時のダニルには、別のベッドに寝転がる選択肢を思いつけもしなかった。
どうしてここまでフェルテスに執着するのか、その理由は自分でも良く分からない。ただそう。面白いのかもしれない。
ダニルはかれのことをほとんど知らない。今まで通りの付き合いならそれで納得していたかもしれないが、先刻街中で垣間見た横顔に、自分が今まで見て知ったつもりでいたフェルテスは、ごく一部でしかないと思い知らされた。ダニルの中のフェルテスと言う存在は、穴だらけでどうしようもない。だからそれを埋めたくなるんだろうか?
首を捻りつつ結論付けて、もう一つのベッドから毛布を引っ張り出す。厚手の上着を脱ぎ捨てて、木枠を軋ませないよう細心の注意を払いながら、広げた毛布で自分ごとフェルテスを覆う。
……まあ、起きたら、自分のベッドで寝ていただけとでも言い訳しよう。
上がる小さな呻き声に、さすがに目覚めたかと起こしたままの上半身を強張らせる。が、フェルテスは寝心地良い体位に身体をずらしただけで、一向に目をあけようとしない。それどころか投げだされて冷えた身体が、温もりを求めるように擦り寄ってきた。
予想外のできごとに固まるダニルに構わず、引き締まった腕が胴に回される。そのまま腹に頬を擦り付けられ、流石に止めるべきだと手を上げたがもう遅い。眠りの世界の住人らしからぬ強さで背骨が軋まされて、喉から潰れたカエルの声が飛び出した。
作品名:【フェルテス】ベッドならどこでも眠れる街、第二章にて【ダニル】 作家名:はるおみ