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ピンクなきみにブルーな僕

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ピンクなきみにブルーな僕


 跡部に遅れること数十秒、忍足がリビングに到着すると、彼はぐったりとソファに横になっていた。無造作に黒のジャケットを脱ぎ捨てて。その光沢に頼らずとも、それがいかに高価なものであるかはおおよそ察しがついた。忍足は苦笑しつつジャケットを拾い上げると、ひとまずは椅子の背にかけて、「南アルプスの天然水」をグラスに注いだ。テーブルに置いて、跡部、と声をかける。
「どないしてん?こんな時間に」
「……」
 彼はテーブルの上のグラスを見ると、のっそりと起き上がり、充分に緩められていたネクタイをやはり床に投げ捨てた。
「人ン家散らかすなや。…なん、機嫌悪いね。…なんや、顔色もちょお、…あんまよくないみたいやし」
 今度はネクタイを拾いながら、忍足は柔らかい苦笑で小首を傾げた。すると、跡部は両手でグラスを深く傾けつつ、しかし勢いよく飲むことはしないで、ちらりと上目遣いに同級生を見上げた。
 やがてゆっくりグラスを口から離す。
 そしておもむろに言葉を発した。
「…腹減った」
「…………は?」
 忍足は思わず壁掛け時計を見た。…三三〇度。
 それから冷蔵庫の中身を考えた。…卵は見た覚えがある。
「…。チャーハンくらいしか作れへんよ?」
 と、それまでじっと上目遣いに忍足を見つめていた跡部の顔が綻んだ。とても嬉しそうに。
「うん」
「………。具、卵とレタスくらいしかあれへんよ?」
「なんでもいい。おまえが作るなら」
 にこっと屈託無く笑うのを直視できず、忍足は鬱陶しい襟足の髪をひとくくりにしつつ、続きになっているキッチンへ姿を消した。
「…殺し文句や」
 ぼそっと呟いたその声は、跡部には届かなかった。

 …そもそも…、
 卵を割りながら、忍足は考えた。
 前に一度この部屋―――忍足がわけあって従兄と暮らすこのマンションに彼を連れてきたのは、なぜだったか。
「…あぁ…そや…」
 今度は卵をボールでかきまぜながら、無意識のうちに呟く。
 冷蔵庫をさらったら出てきた焼き豚を賽の目に切り、ごま油でさっと炒めつつ、思い出す。焼き豚を一度皿に取る手も、レタスを千切る手も、何もかもそのままに彼は意識のみ当時にさまよわせた。…非常に器用な話だった。


 あれは、ある日の部活終了後だった。
 その前日に、跡部が大学生くらいの青年ともめているところを目撃した忍足は、噂に聞く彼の不行状も含めて軽く注意したのである。
 …中学も二年にして、跡部の「遊び」の派手さは公然の秘密だった。彼が在校生とはけして問題のある行為に及ばなかったこと、教師に尻尾をつかませるようなへまはしなかったこと、また学校側がスキャンダルを恐れていたことから、それは公然の秘密、暗黙の了解だったのだ。
 忍足もそれは知っていたし、跡部と踏み込んで親しい仲というわけではなかったけれど、彼には跡部が危うく見えたのである。どうしても見過ごすことが出来ず、怒らせるのを承知であえて声をかけた。
「…あんな、あんまり感心でけへんよ。…昨日みたいのんは」
 他の面子は見える限り帰宅していたが、声をひそめて忍足は言った。難しい顔をして。対する跡部は、軽く目を瞠ってぽかんとした顔をした。そうすると、きつさのみ目立つ異質な顔立ちが、年相応にあどけなく見えた。そのことに、逆に忍足が驚くくらいに。
「……あの野郎のことか?」
 細かいことは述べず、忍足は重々しく頷いた。
 ―――実はこのとき二人の間に認識の差が若干存在していたのだが、そのことにまだ互いが気付いていなかった。気付いたのは、もう少し後になってからのことだ。
 …前夜、忍足は偶然、まだ制服姿の跡部が青年に腕をつかまれた状態で何か口論しているのを見かけた。止めようかどうしようか忍足が迷っている間に、跡部は車に乗せられそうになった。さすがに雲行きが怪しい、と忍足がそちらへ小走りに駆け寄り、跡部、と少し大きな声で呼びかけると、相手の方が驚いたらしい。青年は慌てて車に飛び乗り、いずこへかと去っていった。何分夜半のことで、残念ながらナンバープレートは確認できなかった。大丈夫か、と跡部に尋ねると、彼は若干困ったような顔で忍足を見返した。ジャージにTシャツでコンビニ袋を下げた同級生が、心配そうに眉根を寄せて自分を見つめているのを。…ややして、そんな忍足の姿に跡部が小さく噴出した。学校ではついぞ見せたことが無いような、あどけない顔をして。その笑顔に呆然としている忍足に、何でもない、と答え、跡部は歩いて行こうとした。呆けたようにそれを見送りかけた忍足だったが、なぜかそのままにしておけない気分になって、気付いたら跡部の肩に手をかけていた。彼は不思議そうな顔をして忍足を振り向いた。忍足の手を払うようなことはせずに。
「何も無いけど、うち…来ぇへん?」
 跡部は―――笑い飛ばすか呆れるか、だと思っていた。だが、数度瞬きした後、彼は小さく頷いたのだ。
 そんなわけで、ふたりはぽつりぽつりと話しながら、忍足のマンションへ帰った。忍足は実家の都合や何やらで、東京に住む年上の従兄と同居している。従兄は結構仕事が忙しいらしく、ほぼ忍足は一人暮らしの状態だった。知らなかった、と跡部が驚けば、彼は笑って「こんなの知られてみぃ。溜まり場にされるわ」と答えたものだった。学校外だからなのか、忍足の顔も態度も非常にリラックスしたものだった。…ついでに、服装も。跡部はつい、普段目にしたことのない屈託ない笑顔に見とれた。しかし当の忍足はといえば、それに気付いた様子はない。
「さて、我が家やで。そんなに汚してはないけど、何しろ女ッ気全然ないねん、そんなきれいにもしてへんけど、堪忍な」
 しかし、そう言いつつ、通された部屋はこざっぱりとしていた。やや雑然とした感もあるが、かえって寛いだ雰囲気を感じさせた。
「適当に座って。跡部何か飲む?インスタントしかあれへんけど、コーヒーと紅茶、あ、緑茶なら一応葉っぱあんねんけど、葬式のお返しらしいから味に保証はでけへんな…。あと冷たいのんは烏龍茶と水、と、牛乳…あーあかんわこれ賞味期限昨日までやん」
 忍足はといえば、リビングらしき部屋の真ん中で周囲を見回している跡部をそのままに、続きのキッチンへと向かい冷蔵庫を漁る。
「…。…水、くれ」
「ん、了解」
 グラスにロックアイスと市販のミネラルウォーターを注ぐと、忍足はペットボトルを小脇に抱えてリビングに戻る。といっても数歩の距離なので、時間にして数十秒といったところだ。
 跡部はソファの真ん中に沈んで、クッションを抱えてぼんやりしていた。
 それは、どこか痛々しさを覚える光景だった。
「跡部?」
 なので、忍足はぺち、と跡部の頬を叩いて意識を向けさせた。名前を呼ぶと、彼は驚いたように忍足を見返してきた。
「どないしてん?…あったかいのの方がよかったか?」
「…水でいい。冷たいのがいいんだ」
 そうか、と忍足はグラスを進めた。
「…南アルプスの天然水」
「?あぁ、最初は水買うなんて贅沢や!…と思てたんやけど、東京の水、飲まれへんもん。こればっかりは毎日口にするもんやから、必要経費ちゅうやつやろな」
「…うちもそれ買ってる。…マ…母さんが買ってくる」
作品名:ピンクなきみにブルーな僕 作家名:スサ