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ピンクなきみにブルーな僕

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「?…ふぅん。うちはあれやな、近所のディスカウントストア、これっかないねん。日本の。あとは皆外国のでなー。…なんかな、やっぱ国産がえぇなあとか思ってしもて」
 忍足は肩を竦めて笑った。
「跡部、腹は減ってない?」
 ようやくわずかではあるが笑みをのぞかせた跡部に目を細めて、忍足は尋ねた。まだ、と首を振った彼にそうか、と笑いかけ、再び腰を上げる。
「残りもんしかあれへんけど、なんか作ったるよ。安心し、俺、料理結構得意やから」
 疑いの目を向ける跡部に胸を叩いて、忍足は冷蔵庫をさらった。適当に具材を取り出すと、彼は鼻歌を歌いながら料理を作り始めた。
「跡部はパン食?ごはんの人?」
「…パンが多い。でも、飯も嫌いじゃない」
 そうか、と卵を綺麗に割りいれながら、忍足は頷く。彼は振り向かなかったが、跡部はそんな忍足の背中をじっと見詰めていた。
「跡部食えないもんある?」
「…あんまり味のしねぇもんは好きじゃねえな…」
「ふんふん。…じゃあちょと濃い目がえぇんやろな…」
 そんなこんなで十数分後。
 忍足は湯気の立つ黄色い塊を運んできた。
「…オムレツ」
「具がな、ひき肉と玉ねぎしかなくてな。ちゅうか、うちはもっぱらそれなんやけど…。ま、なんちゅうか、オーソドックスなオムレツで何のひねりもないねんけど」
 オムレツの皿とケチャップを置いてから、忍足は残りを運んできた。こんがり焼き色のついたバターロールと、ちょっと硬そうなパン、それからジャムとマーガリン、そして蜂蜜。オムレツの付け合わせとして一緒に並べられていたのは、ゆでたブロッコリー。
「あ、ブロッコリーな、これつけたらうまい。明太マヨネーズ」
「………」
「信用してへんな、そん顔は…。ほんまにうまいねんで?…まぁ、いやならポン酢でも醤油でもかけたらえぇわ」
 跡部は一瞬迷う顔を見せたが、結局ブロッコリーに明太マヨネーズをかけて、オムレツを食べ…ようとフォークとナイフを探したが、あるのは箸ばかり。
「あ、堪忍な、フォークとかナイフとか探してる?うちシルバーの類ほっとんどないねん。先割れスプーンならあんねんけどな…西瓜食べる用に」
「…。箸で食う」
 跡部は恐る恐る箸でオムレツを割った。やや半熟に近い卵なので、箸で掬うのはなかなか難しかったが、口に入れると素朴で、そしてそれ以上にひどく美味しく感じられた。
「…センセ、お味は?」
 一瞬止まった後無言で食べ始めた跡部に、忍足が尋ねると、彼はちらりと顔を上げて目を笑う形に変えた。
「…うまい」
 咀嚼してから、跡部は短く答える。忍足は穏やかに笑って答えた。
 …それから結局風呂まで借りて、跡部が帰ったのは明け方のことだ。一度家に戻らなければならないから、と。
 実は忍足は、跡部が風呂に入っている間に一度跡部の家に電話しようとしたのだが、連絡網にある番号は「現在使われておりません」。なので、気にはなりつつも結局連絡がとれず、跡部の家でも心配しているだろうと思っていた。しかし跡部の携帯が一度も鳴らなかったので、これはかえって連絡などしない方がいいのかな、と思い直したり…、結局本人が帰ると言うので、明け方半分寝ぼけて見送ったわけだ。
 そして、明けて今日。跡部はどこにも変わった様子がなかったが、その前夜、入学して恐らく初めて跡部と長時間話して情が移ったこともあり、忍足は苦言を呈したのである。
 ―――果たして跡部の返事は、というと。
「…、ちょっと…厄介なんだ」
「うん…そんな感じやったな」
 忍足は昨夜の青年の、若干切羽詰ったような雰囲気を思い出し答えた。
「なかなか、納得してくれねえんだよな…」
「そうなん?」
 何を、とは特に訊かなかった。女でも取り合っているのかなとか、もしくは跡部がどこぞの女に一方的に思いを寄せられていて、あの青年はその関係者なのかなとか、忍足はそんな風に考えていたのだ。
「でも…そうだな、ちょっと、何とかした方がいいよな」
「いや…何とか、ちゅうんやなくて…。あんま手に負えんようなことになったら困るから、もうちょとな、控えた方がええんやないかて―――」
 顎を押さえていくらか考え込む跡部に、忍足は遠慮がちに声をかけた。が、もう彼はあまり聞いていないようだった。
「わかった。…ちょっと、話してみる」
「………」
 何がわかったんだ、と忍足は思ったが、それを言葉にはせず、ただ心配そうな目で跡部を見つめた。
「ンな顔すんなって。どうってことないぜ?」
 跡部は軽やかな表情を浮かべると、不敵に笑って見せた。それから、あ、と小さな声を上げる。
「昨日のオムレツ、うまかった。…また作ってくれよ。駄目か?」
 それまで昨日の青年のことや、跡部の軽い言葉や、使われていないと告げられた跡部の家の番号のことなどをぼんやり考えていたので、忍足はたいそう驚いた。うわずった声でああと答えたが、相当驚いていたその様子がおかしかったらしくて、跡部に笑われた。俺はおまえを心配しているのに理不尽な、と微妙に不機嫌になりかけたが、うまかった、と言った顔があどけない、幸せそうなものだったので目をつぶることにした忍足だった。
 ―――そして事態は、その帰り道で急変した。
 なんとなく並んで帰路に着いたふたりだったが、既に陽が落ちてしばらく経っていたため、あたりは薄暮ともいえない夕闇に沈んでいた。そのため、気付くのが少し遅れたのだ。
「…景吾っ!」
 え、と思った時には、物凄い形相をした若い男が何か鈍く光るものを手に半歩先まで迫ってきていた。その口にした名前が跡部のものだと、とっさには気付かなかった忍足だったが、視線から跡部を狙っていることを感じた。なので、半歩身を引いて、向かってくる男の反対側に回り込むようにして彼を思い切り押した。
「跡部っ」
 固まっていた跡部がその声でようやく体を動かす。
 バランスを崩した男が無理に回した腕の先が、跡部の体のどこかを掠めた。
 それがどこなのかを確認することなく、忍足は向かってきた男を容赦なく蹴り飛ばした。青年は、ひき潰された声を上げてアスファルトに沈む。しかしそのまま逃げようとしたので、さらに忍足は彼の顎を蹴る。さすがに、襲撃者は顎を押さえて背中を丸めてのたうちまわる。
「逃げたらもっと酷い目遭わすからな。大阪のもん舐めとったらあかんで」
 関東人が無意識に持っているらしい「大阪=乱暴、怖い」といったイメージを巧みに利用して、忍足は低く恫喝した。それから路傍にしゃがみこんでいる跡部のもとに慌てて駆け寄る。
「跡部、跡部しっかりし!大丈夫か?どこやられた?見せて!」
「……………おしたり?」
 さすがにショックだったのか、跡部は呆けた声で呼んだ。忍足は跡部の肩を掴んで揺さぶる。
「そうや、俺や。跡部、どこ切られた?怪我は?」
 跡部は何度か瞬きすると、睫毛を震わせて忍足を見つめ返した。それからもう一度小さな声で「おしたり」と呼んだ。
「あぁ…怖かったんか?そやろな…安心し?もう大丈夫」
作品名:ピンクなきみにブルーな僕 作家名:スサ