キリングミーソフトリィ
君は君の心のうちで幾度もあの男を思い返し、そのたびに記憶を美化してゆき、甘い感傷にひたりながら「彼の留守を預かる」という形でこの組織を牛耳ることを望んだ。実際、あの男がいようがいまいがこの組織は変わらずに動いているではないか。
君があの男の穴を埋めようと日夜心血を注ぎ努力しているからではない。あの男の存在とは何も関係なく、以前から君がこの組織を動かしていた。それが公になっているかいないかだけだ。違うかね? 違うなら何か言ってみてくれ、私ばかり喋るのはフェアではないしな、君の言い分も聞こう。
一通り喋り終えて気の済んだらしい吸血鬼はそう言って満足そうに煙を吐き出し、答えない私にさも自分が被害者のようなため息をつきながら髪を踏みにじる足をぐりぐりと左右に動かした。
私は呻いた。
痛みにだけではなかった。
ああ。
そこまで知っているのならばいっそ殺してくれたほうがましだが彼がそうすることはないだろう。
私と彼と、そしてこの世界は彼の退屈と無限に存在する時間とをただ彼の気の向いたときにだけ消費するために使われる。
私はザトー様を愛している。尊敬している。慕っている。縋っている。
あの方が私の全てだ。私の人生の全てだ。私に全てを与えてくれた人だ。私の生きる意味だ。私はあの方のために生きる。あの方に報いるために生きる。あの人の残した仕事を私が継いでいるうちは消えないのだ、何も(それが私の中だけに通用する理論であってもかまわない)(私にはあの方が必要だ)(生きていくのに必要だ)(あの方がいない私に生きている意味はない)(けれど本当は)
(けれど本当は)
(そうでなくて)
(私が私であるためには何か支えが必要で)(私は私の世界の軸をあの方と定め)(あの方がいない世界に私の存在する余地はないのでせめてあの方の残した残骸に縋って生きていきたいのだと)(それがどんなに惨めな形であってもあの方と)(繋がっていたい、と)
彼は私と私の愛した主人を価値のないものだと切って捨てる。
そしてそれへの同意を私自身に求める。
今まで私が縋ってきたものは取るに足らないつまらないどうしようもないものであると断罪し、そうだろうと私に同意の言葉を吐かせようとする。
そして私が頷けば言うのだろう。
『そう、君も知っているのになぜこんな真似をしていたのかね?』
作品名:キリングミーソフトリィ 作家名:もりなが