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Monster

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 どうにもならないものがこの世にはある。
 いかなる感情も、理性も、努力も、忍耐も、疑問も、感動も、許容も受け付けぬ。
 あらゆるものを凌駕する絶対的な「もの」はあるのだと、
 三成は穏やかな春の日に知った。

 その名を 憎悪と云う。

 
 春の日に、三成は生まれて初めて感じる純粋な殺意を込めて、見知らぬ少年へ鞄を叩きつけた。
 渾身の力を込めた。たまたま鞄だっただけだ。持っていたものによっては頭蓋すら陥没しただろう全力を込めた。
 心の底から湧きあがった怒り――いや、たぶん「憎しみ」と言ってもいい凄まじい気持ちを抑えきれずに。
しね、と吐き捨てて起き上がれない相手へ視線を落としていれば、感じるのは恍惚とするような愉悦だった。
 そんな感情を、突然に、理由もなく与えられた。
 
 自分でも空恐ろしいほどの感情を制御することはできそうになかった。三成は、倒れこむ少年を置いてその場を離れたあと、異様な興奮とわけもわからない激情への恐怖で高熱を出した。そのため入学式は欠席することになり、一日寝台の上で過ごす羽目になった。
 しかし不思議なことには、どうしても、一度すら会ったこともない相手に感じる「それ」を、不当なものだとは思えないのだ。
 当然のことだ。
 当然のことだ。
 アレは、しんでしまうべきだ。
 なぜなのかはわからなかったが、三成は原因を探ることを諦めた。考えるだけで眩暈がした。
 だが三成はひとごろしにはなりたくない。
 だから極力、家康という名の少年を避けることに決めた。 
 

 家康もまた、入学して以来三成を避けていた。まあ当然だろうと思う。互いが互いを意識しているのはわかりきっているが、隣のクラスにいながら廊下ですれ違うことすら少なかった。視界に入ればそれだけで全身の血が沸騰しそうなのだ、あちらから逃げ回ってくれればありがたい。
 そんな、言葉も交わさぬふたりの奇妙な関係は、薄々周囲にも勘づかれていった。
 家康は三成から見れば異様なほど陽気な男のようだったが、その気質が好まれるのか友人も多かった。友達の友達は友達、といつのまにやら全学年に友人ができるような少年だ。
 瞬く間に、その家康が避けている三成を敬遠する空気が生まれた。
 そのこと自体には気付いていたが、三成としては自分のなかでふつふつと沸き起こる憎しみを日々なだめるだけで精一杯だ。三成には両親がなく、養護施設から補助を貰って学校へ通っていたが、そこへ戻れば信頼できる友人もいる。学校生活において他人と行動を共にする必要性は感じていない。
 だからそのこと自体は別にどうというわけでもない。

 なのに、当の家康が最近妙に気がかりそうな目で三成を見るものだから、三成は今にも自分の感情の箍が外れるのではないかと気が気ではなかった。たぶん、きっとだが、この箍が外れたら鞄で殴るくらいでは済まない。拳も足も、凶器すら使うかもしれない。


 そうしてその日はやってきた。

 その日三成は、放課後の特別教室の掃除当番だった。当番はグループ制で行っていたので、同じ班の生徒たちも4人ほどいるはずだったが、すっかり出来上がった三成を疎外する空気の中で、三成と残るという者はいなかった。それはそれで構わない。だが、そのうちのひとりが残して行った言葉が三成の腹の中でうねって燻っている。
「家康はこんなのやめろっていうけど」
 その少年は、まるで自分の仇のように三成を睨んだ。
「あの態度、あり得ねえよ。会うたび殴りかかってきそうな顔しやがって。家康が何かしたってわけでもないんだろ?こわいよ、おまえ。――おまえの目、本気でおかしいよ」
 家康は、やめろっていうけど。
 そのひとことだけが三成の琴線に触れた。それ以外はどうでもよかった。
 何だそれは何だそれは何だそれは。
 おまえが私を哀れんでいる と?

 腹にうねる怪物を抑え込むようにして木製の箒を動かす。
 黙したまま手だけを動かしていると、唐突にがらりと引き戸が開いた。
 三成は顔をあげ――――そのまま固まった。
 入学以来、一度たりとも相対したことなどなかった少年が、仁王立ちして立っていた。

「……誰もいねえんだな」
 呟きながら家康はこちらを見詰めていた。
 そして一瞬視線を彷徨わせ、唇を噛み、

「みつなり」

 初めて名を呼んだ。


「ワシは、こんなつもりじゃあなかった。なあ。確かにあの日ぶん殴られて以来、ワシはおめえがこわかった。理由も聞かずに逃げ出した。このままじゃいけねえって思っても、おめえ相手だと、何でかふんぎりがつかねえままで、……だがワシはこんな風にするつもりはなかった。
 このままでいいとも思ってねえ。
 だがあいつらに言っても――あいつらはあいつらでワシのことを心配してくれているだけだから――だから、ワシが今度こそおめえと話を」


 がん、と耳をつんざく音が家康の言葉を遮った。
 三成が、その音を発した。手にした箒を力の限り窓枠に叩きつける。がん、がん、がんと木霊する音のなかで「三成!」と叫ぶ声を聞いた。その瞬間にそれまでも全身を駆け廻っていたばけものが咆哮する。
「私の名を 呼ぶな!」
 押し殺した声で叫ぶ。それと同時に窓枠でできた箒の傷にがん!と膝をあてれば、箒は真っ二つに折れた。その、折れて尖ったほうを家康へ向ける。十分にひとの肌を貫けるであろう凶器だ。
 青褪めた家康は、それでももう一度口を開こうとした。
「み、」
作品名:Monster 作家名:karo