遠い日の歌
容姿は母親そっくりだ。賢くて優しく愛嬌があって、時々おせっかいが過ぎるが誰にでも愛されて。物心つく前に父親とは死に別れたが、辛い苦しいなど一言も言わなかった。自分よりもまず人のことが先だった。いつでも笑っていた。
「先月のママの命日にいらっしゃらなかったでしょう?連絡も下さらないし。夫も心配しています」
「ご主人はお元気かね」
ええ、とエリシアは言った。彼女の夫は軍人でも政治家でもない。子供たちも皆他の堅い仕事に就いたと聞いて、ロイは安心していたのだ。
「今日は何で来たんだね?まさか自転車じゃないだろう?」
「こんなおばあちゃんになったんじゃ、乗って来たくとも無理よ。息子と一緒に来たの」
そろそろこちらへ来ると思うんだけど、そういった時、エリシアが入ってきた同じ方からがさがさと葉を掻き分ける音がして、金色のふさふさしたものがちょこまかとこちらへ駆けてきた。
「おばあちゃま!」
そう、一生懸命階段を上がってきたのは、幼児の頃のエリシアそのものだった。彼女の孫娘はロイの顔を見ては恥ずかしそうにエリシアのスカートの向こうへ隠れ、また顔を出す。
「これは驚いた…誰の子だね?」
「末のエドアルド。ゼリア、ロイおじさまにごあいさつして」
エリシアに抱き上げてもらい、ゼリアは揺り椅子に座ったままのロイと向き合った。はにかむゼリアの小さな手を取ると、ロイはその手の甲へ、淑女にそうするようにそっと口付けをした。
「初めましてレディ・ゼリア。私はロイ・マスタング、君のおばあちゃまのお友達だ」
そうロイが微笑みかけると、ゼリアの頬に朱が差して、恥ずかしそうにえへへと笑った。
「おじさま、ナンパはおやめになって」
「失礼だな、立派なレディにそれなりの挨拶をしただけだよ。…本当に驚いたな…子供の頃の君にそっくりだ」
「でしょう?上の息子なんて、写真を見ながらきもちわるい、なんていうのよ」
エリシアがふふふ、と笑うのをゼリアも真似をして両手を口に当て、ふふふ、と言う。ロイはその光景をとても懐かしいように思いながら、家人にお茶の支度をさせよう、と椅子の傍らに置いたテーブルからベルを取ろうと手を伸ばした。
「ゼリア、ゼリアどこにいる?母さーん?」
また垣根の方ががさがさといい、ふとロイの手が止まった。
「あらなぁに貴方までそんなところから!ちゃんと玄関からおいでなさい」