遠い日の歌
「母さんだってここ、通ったんだろう」
「母さんは特別なの。大体おじさまに失礼でしょう」
そう親子の言い合う光景を見て、ロイは不思議な気持ちになった。
エリシアは、老いたグレイシアだった。孫娘は幼い頃のエリシアで、それを抱き上げたのはヒューズだった。ロイは知らず、自分の手を見、顔に触れた。今にも自分が、あの頃に戻るのではないかと思ってしまったからだ。
ヂン、とベルが落ちて鈍い音を立てた。
「お久しぶりです、ロイおじさん。エドアルドです。もう15年も会ってないからびっくりしたでしょう」
「あぁ…驚いたよ、年寄りの心臓にはこたえる」
過去の写真から抜け出たような親子は屈託のない笑顔をロイに向けた。
エドアルドは祖母のグレイシアの養子になり、ヒューズ家を継いだ。だがそれだけではなく、祖父と同じ軍将校になったと言った。現在の地位は少尉で、不器用でさっぱり昇進できない、と苦笑した。その道を選んだ理由の一端に自分への憧れもあったと聞いて、ロイは胸が痛んだ。
皆でお茶を飲んだ後、陽だまりの庭を散策するエリシアとゼリアの姿を眺めながらロイはエドアルドを傍に寄せ、話をした。不思議なもので、エドアルドの役に立てばと軍にいた頃の話をしようとするのに、思い出すのは士官学校の頃や女性とのロマンス、もっと昔の自分の子供の頃のことばかりだった。
「困ったな、お前にはつまらない話ばかりだ…」
「そんなことないですよ、どれもなかなか聞けないことばかりです…特に女性のことは。もっと早くに聞きに来ればよかった」
「今から試してみるか?聞いてできるものではないがな」
「妻とかわいい娘がいますから」
そういうとエドアルドは片目を瞑ってみせた。
「……エドアルド、お前にこれをやろう」
ロイは座ったまま少し腰を浮かせると、ベルトに括りつけていた鞣革のケースを外してエドアルドに渡した。
掌くらいの長さのあるこげ茶色のケースの中には、全体を黒色に加工したシークレットナイフが一丁入ってた。エドアルドはそれに見覚えがあるように、胴の部分を指先でなぞった。
「祖母が…同じものを」
ロイは微笑んで、それはそうだろう、とゆっくり頷いた。グレイシアが持っていたナイフも、今エドアルドに渡したそれも、元の持ち主は同じだからだ。