遠い日の歌
「長いこと、私のお守りだった。ちょっと小さいが、今度はお前を守ってくれるように」
そう言った視線の先では、庭を駆け回るゼリアが楽しそうに声をあげている。ロイに気付いたエリシアが、こちらに向かって手を振っている。ロイはそれに手を振り返しながら、一人になってからの年月を思った。
「あの子たちを守っておくれ。おねがいだよ」
夕食もと勧めたが、ゼリアが母親を恋しがってぐずり始めたので3人はセントラルへ帰っていった。エリシアは車に乗り込みながら、
「今度のパパの命日には必ずいらしてね」
といい、祖母の膝の上に乗ったゼリアもそれを真似て、
「おじさま、きっとよ、おやくそくよ」
と小指を差し出した。ロイはそのおもちゃのように小さな指に自分の小指の先を絡めると軽く揺すりながら、やくそくだ、を言った。
「それならおじさん、来月の俺の誕生日にも来てくださいよ、女房、紹介しますから」
「そうかそうか、楽しみだ」
「口説かないでくださいよ」
「ははは…どうかなぁ」
車に乗った3人と玄関先で別れたロイはテラスのある部屋に戻り一人、夕食を取った。隠居してからの習慣で、夜は入浴しない。遣いの者を休ませると一人で顔と手足を洗い、歯を磨くとまた同じ部屋に戻り、揺り椅子に体を預けた。
閉めた窓の向こうの空に昇ってきた月を眺める。今夜は一番好きな十三夜だ。暖かくなってきたとはいえ、夜は冷えるので膝掛けをして目を閉じた。
「こんなところで眠るなよ、風邪引くぞ」
微かに軋んだ音を立てて窓が開いた。
「…遅いぞ、いくつになったと思っている」
「さてな。お前が大分皺くちゃになったってのだけは、確かだ」
清らかな夜気が部屋に流れ込み、月明かりの中にマース・ヒューズの姿があった。あの頃となんの変わりもない青い軍服姿のヒューズを見て、ロイは懐かしそうに一度開けた目を細めた。
「私ばかり年を取って損だ」
「口惜しいか」
「ああ、口惜しい」
ロイが言うのに、ヒューズはひひひ、と笑い窓を閉めた。
「私は幸せなのだな」
戦争を体験し、その後の国の有様もずっと見てきた。当時の仲間達の誰よりも長く生きた。軍人としても、錬金術師としても、また一国民としても、酷な生き方をしてきたかもしれなかったが、今日もエリシアたちを見ているとそれも無駄ではなかったように思える。