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逃れられない理

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(あの運転手、俺を殺す気・・・!?)

病院の駐車場にまるでジェットコースターの勢いで車が進入を果たすと、運転手は先ほどまでの暴走運転をしていた同一人物だとは思えない優雅さで、車のドアを開き、お急ぎ下さいと付け足した。
俺は気持ち悪さと、頭痛を抑えて急ぎバッグを持ち帝人くんがいるであろう病室に駆け込む前に己の身支度を済ます。
医者として最低限の身支度を調えた格好で、帝人くんの病室へと入った。

「臨也・・・!」

「新羅!帝人くんの様態は・・・っ!」

ベッドの近くで新羅が悔恨の顔をしながら立ち尽くしていた。俺は帝人くんの姿を見て息を詰める。
いつもよりも真っ白くなった肌に、大きな隈。腕に刺さっている何本ものチューブが目にいたい。
あれほど昨日まで元気だったのに。笑っていたのに。どうしてどうして、という問いが俺の頭の中でリフレインする。

「発作は治まったよ・・・でもっ、っ、手は尽くした・・・だけど・・・!ごめんっ」

拳を握りしめて、歯を食いしばりながら俺に頭を下げる新羅に、俺は緩く頭を振った。
手を尽くしたなんて、新羅の顔を見れば一目瞭然。顔面疲れ切って血の通っていない蒼白な顔。
外の大雨と渋滞で俺がこの病院に着いたのは電話をもらって40分。この病気は時間との勝負だ。
俺は熱くなって、ひりひりと痛む喉とこみ上げてくる衝動に耐えるために、深く息を吸って、大きく吐いた。そうでもしないとみっともなく嗚咽を零しそうだったから。

「いいんだ。解ってるよ・・・。なぁ、新羅。俺と帝人くんでちょっとだけいさせてくれ」

新羅は唇をふるわせながら、こくりとうなずくと「何かあったら呼んで」と付け加えて病室を出て行った。
俺は未だ目をつぶっている帝人くんの汗でおでこにこびりついている髪の毛を梳いた。

「帝人くん・・・・ごめん・・・・ごめんっ・・・ごめんねっ」

ボロボロと後から後から涙がこぼれ落ちる。
何のために今の今までがんばってきたのだろう。あんなに必死になってもがいてもがいて。
でもこんなにも帝人くんを苦しめた。本当に何もできない自分が嫌で嫌でたまらない。

「ごめんっごめんっ帝人くんごめんねっ」

俺はベッドの端に顔を埋めながら、嗚咽を零した。そのとき、ふわりと頭に何かが乗る。
俺は驚きで顔を上げた。
すると、帝人くんが俺を見ていて、力なさげに微笑んでいる。

「みかど、く・・・ん」

俺は彼の笑顔に、場違いだと解っていても見とれてしまった。その、美しすぎる笑顔に。
帝人くんは真っ青な瑠璃色の瞳から大粒の涙をぽろぽろこぼして、口を何度もぱくぱくさせている。

「え、何?何が言いたいの帝人くん?」

俺は必死になって何かを伝えようとしてくれる帝人くんの唇の動きを見る。読唇術は得意中の得意だ。
帝人くんは涙をさらに流しながら、それでも伝えようと必死になって喉を引きつらせてる。

「良いんだよ!?そんな必死になって声を出さないで!俺、帝人くんの言っていること唇の動きで解るんだからっ」

これ以上今の帝人くんに無理をさせてはいけない。俺はもういいと伝えるために首も横に振って帝人くんに止めるよう訴える。
けれど、彼も首を横に振って俺への言葉に拒絶を示した。そして、もう動かないであろう手をぴくぴくと動かし、俺と手を交互に見る。
俺はすぐに彼の意思を察して、帝人くんの手を握りしめる。骨と皮の、少しでも力を入れて握ったら壊れそうなくらい細く、痛ましい腕だった。
帝人くんは俺が手を握ると、涙をこぼしたままふっと笑う。力の入らないその指で本当に微かに握り替えしてくれた。そして・・・。

「あ・・・り・・・がっ・・・と・・・」

俺は息を飲む。もう、聞けることはないと思っていた帝人くんの声。弱々しくて、途切れ途切れだったけど、忘れるはずのないあの声が、俺の鼓膜に浸透する。

「ありがっ・・・・いっ・・・・く・・・ん」

「えっ・・・」

本当にすっと。すっという感じで帝人くんの腕がだらりと下がり、瞼がゆっくりと閉ざされた。
俺は一瞬、何が起きたのか理解できない。
一拍遅れて、機械がピーーーーっとなっていることに気がついた。
頭の中がぐるぐると回って、息ができなくなって、苦しい。断片的な荒い息が自分の口から漏れる。
喉が、鼻が、目頭が熱くて熱くてたまらなかった。
どうしてこうなる?なんでこうなった?どうしてなんで・・・。その単語が頭をかけずり回って引っ掻いて、ずたずたに引き裂いていく。
帝人君と過ごした幼少期、この病院に来てもらってからの風景が一瞬にして流れて、消えた。

「みかっ、みかどくっああああああああっ」

俺は、もう力の入っていない彼の細い手を握りしめながら慟哭する。


作品名:逃れられない理 作家名:霜月(しー)