逃れられない理
7
苦しさの中、僕は深い深い水底に落ちていく夢を見た。
下へ、下へ、と落ちていくたびにだんだんと息苦しさが柔らいでいく。
(・・・あれは・・・)
ときおり下から溢れてくる泡に、僕は目を見張った。そこの泡には先ほどまで僕が見ていた先生達の風景が映っていたのだ。
その泡がだんだんと増えてくる。よく見るとそれは時間をさかのぼっているようだ。
(あ、あれは紀田くんとアニメの話をしていたときかな・・・、こっちは門田先生達と勉強してる)
そんなに時間がたっているわけでもないはずなのに、どうしてこんなにも胸が熱いのだろう。
泡に映る景色が今度は折原病院ではなく、小さい頃から己がいた病院になっていく。
ここでの風景は余り変わらない。僕はそんな記憶達に苦笑しながら、上へと上がっていく泡を見送った。
そして一段と大きな泡が、下からあがってくる。
(えっ!?)
驚いている間もなく、その泡に僕は包まれてしまった。
その泡の中には幼く、自分でも思うほど顔面真っ白な子供がいる。
(あぁ、あれは僕だね・・・ん?)
その幼子の隣で漆黒の髪の子供が笑っていた。つられて幼子も笑っている。
(なんだこれ・・・?)
自分には全く覚えのない記憶。けれど、幼子は紛れもない自分であり今までの経緯からこれは自分の記憶の断片だとは予想が付く。
それではこれは己の記憶の一部なのだろう。けれど、やはり見覚えながない。
すると、今までは聞こえなかった声が僕の耳に届くようになった。
『ねぇねぇミーくん!今度いつか僕の家に遊びにおいでよ!いっぱい遊ぼう!』
『・・・うん、そうだね』
漆黒の子供はにこにこととても嬉しそうに微笑むのに対し、幼子はどこかはかなげな笑みを浮かべている。
(ミーくん・・・?いま、みぃくんって・・・)
僕は先ほどの子供の言葉に違和感を覚えた。何かとても胸の中で胸騒ぎがする。
『ミーくんは何か嫌いな物とかある?』
『特にはないよ。いっくんが用意してくれた物を僕が嫌うわけない』
僕は幼子の言葉にはっとする。そして嬉しそうに頬を染め笑う子供を凝視した。
(いっく、ん・・・)
ドクドクと変に心臓が脈打つ。喉がひりひりとしてとても痛かった。
『ありがと!うん、俺がんばってミーくんをご招待するね!』
『楽しみにしてる』
僕は口元を押さえ、声を押し殺す。けれど溢れてくる涙を止められなかった。
どうして覚えていなかったのだろう。どうして今の今まで忘れていたのだろう。
(いっくんっいっくん・・・!)
ぼこり、と泡から抜け落ち、だんだんと上へ上へと上がっていく子供達の風景を僕はずっと凝視していた。
そう、だった。そう、あの子供。どこかで見たことがあるとずっと思っていた。
(臨也さんだ・・・あの子供はっ)
あのとき、病院であったときとても懐かしい感じがしたのは幼いときに出会っていたから。
あの子供が臨也さんだったんだ。
(臨也さんはずっとずっと僕の事を待っててくれたの・・・・?)
彼の存在、そして約束さえ忘れてしまった僕の事をずっとずっと待っていたのだろうか。
そしてとうとう待ちくたびれて迎えに来てくれたのだろうか。
なんて幸せなのだろう、そしてなんて申し訳ないのだろう。
僕はぐちゃぐちゃになっていく感情をもてあまし、それが涙となって外に排出されていく。
どうかどうか、溢れてくる涙の止め方を誰か教えてください。もう自分では止められそうにないのです。
(いざやさっ・・・・)
僕は、溢れてくる涙を一度拭くと腕を上へ上へとのばしていく。
足をばたつかせて、水の上を目指していく。
(っ・・・)
薄れていた痛みと苦しさがだんだんと戻ってきた。先ほどから流している涙とはまた別の生理的な涙が頬を伝い始める。
それでも僕は上へを目指した。ここで、沈むわけにはいかない。
もし、ここで沈んでしまったら・・・・。もう二度と臨也さんに会えない気がするから。
(どうしてもっ!どうしても伝えたいことがあるんだっ・・・!)
僕は光る水面へと手を伸ばす。