逃れられない理
翌日、僕は絶対安静の元、見たことも乗ったこともない車に乗せられほとんど振動を感じずに、とある病院に運ばれた。
目の前にたちそびえる建物に、僕は驚きを隠せない。なぜなら僕が連れてこられたのはあの、『折原病院』だったからだ。
医学を志すものだけではない、この国にいてこの病院を知らないものはいない。『世界の折原』とも言われているこの国が誇る世界屈指の大病院。そこの長である折原医院長はもはや医療の世界では神とさえ賞されている。
もしかして、と僕は思った。
(まさかあの黒ずくめの人、臨也さんだっけ・・・そう言えば名字聞いてなかった・・・・)
病室に移動していくさなか、僕は昨日であった臨也さんのことを考える。確かにあの人はここの病院を俺の、と言っていた。ということは、彼が折原医院長ということになるのではないか。
(いや、まさか・・・。そんな、こと・・・)
自分の病気がとても珍しいものだったとしても、一介の中流階級生まれの自分。そんな自分に目をかけるほど、彼は暇人ではないだろう。そう、たとえばこの病院のプロバイザーとかそんなんだ。
(いや、たとえそうでもやっぱりそれなりに偉い地位にいる人なんだろうな・・・)
ようやく連れてこられた病室の扉を開けてもらうと、あんぐりとしてしまって先ほど考えていた事がほとんど抜け落ちてしまった。
ここは本当に病室か?と問いたくなるような豪奢な部屋だった。窓からのぞく風景だって殺風景とはほど遠いすがすがしく、病院が所有しているのであろう美しい庭園が一望できた。
本当にこの部屋が自分に振り分けられた部屋なのか不安になり、自分を運んでくれた医師と看護婦に視線を向ける。
そんな僕の不安を感じ取ってくれたのか、医師がにこりと笑ってくれた。
そしてここが僕の部屋なのだときっぱりと告げると、何かほかにほしいものは?と訪ねてくる。
僕はこれ以上何も思いつかなくて、首を横に振ると、医師と看護婦は微笑みながら僕に頭を下げて、病室から出て行った。
(・・・いったいなんなんだろう)
僕の病気が希すぎて珍獣扱いなのか、そうだとしてもこの待遇の良さはおかしい。僕は小首をかしげながら、新しい窓からの風景に視線を移した。
ここは6階らしく、病院の庭園が見渡せる。噴水があったり、ベンチがあったり、花壇や木々が趣味よく配置されていた。
子供たちがはしゃぎ回ったり、読書をしている人がいたり、看護婦や看護士に車いすを押されながら話している患者さんがいた。その誰もが笑顔だ。僕のいた病院は笑顔なんてなくて、どこか暗い死を間近に感じる場所だったのに。
ここはまるで正反対だ、と僕は思った。
「気分はどう?」
庭園を眺めていた僕は、突然響いた声に肩をふるわす。そして声のした方を振り返った。
そこには苦笑を交えてこちらに歩いてくる、白衣を着た臨也さんが。
「ごめんね。驚かすつもりはなかったんだけど。どう?気分は。気持ち悪いとか、苦しいとかない?」
臨也さんはそういいながら、僕の体をゆっくりと横たえさせる。そしてそのままベッドの高さを調節させて、
僕が窓の外をのぞきやすいようにしてくれた。
「ベッドの高さを変えたかったらこのリモコンで操作可能だから。好きなときに高さを調節させて」
そう言って、臨也さんは僕の手にリモコンを握らせてくれた。ありがとうございます、と言いたくて僕は首を深く下げてから、顔を上げる。
「気にしなくていいよ。で?苦しくない?気分、悪くない?」
今度の問いに僕は首を横へ振った。寧ろいまはとても気分がいい。僕は笑って臨也さんを見つめる。
臨也さんは良かったとつぶやきながら僕の頭を優しくなでてくれた。
「何か気分が悪かったりしたらすぐそこのナースコールを押すんだよ?躊躇ったりしなくていいから。
呼びつけてやって」
臨也さんの言葉に僕は了承の意味で首を縦に振る。臨也さんはもう一度僕の頭をなでてくれると、それじゃあそろそいかないと、とつぶやいた。
「ごめんね。もうちょっと話したかったんだけど、俺これでも医者だからさ。また時間見つけたらくるよ」
本当に名残惜しそうに言うものだから、僕もなんだか寂しいと感じてしまって、自分の感情の変化に自分自身が驚く。
「それじゃあまたね、帝人くん」
臨也さんはそう告げると、僕の病室を後にした。
僕は先ほど思った自分の感情について考える。いったい、どうしてそう思ったのだろう。
なんでそう思えたのだろう。まだあって一日もたっていないのに。不思議で不思議でしょうがなかった。