逃れられない理
あたりは大量の本本本の山。そして壁一面に広がる本棚。俺は瞬きを繰り返し、視線をさまよわせる。
見覚えるのある、昔己がまだ住んでいた家の父親の書斎。
(そうだ・・・。俺はこのとき知った。彼がどんな病なのか、どんなに苦しくて大変なのかを・・・)
大きな書斎の真ん中に革張りの椅子と、年季が入った書き物机が存在している。その椅子に座っているのは先ほどとあまり見た目が変わっていない子供。違ったのは子供の表情。彼の顔が苦しみでゆがんでいた。
「嘘だろ・・・」
ぽつりと零された子供の言葉に、俺は真実だよと付け足してやる。これは夢で、子供に聞こえるわけが無いが、それでも漏らさずにはいられなかった。
また場面が切り替わり、今度は友人宅。
「答えてよ、新羅の親父さん!×××××ってそんなに悪い病気なの!?」
新羅の父親は現役の医者だと子供ながらに知っていたから、そう訪ねにいったことがある。
あいつの父親はガスマスクをいつも着用している、一見して危ない不審者だが腕は一流だ。
「×××××か・・・。確かに今の医療では治すことは100%不可能だ。そして進行を遅らせることも不可能に近い」
このときの絶望感を俺は忘れないだろう。世界が真っ暗になってどん底に突き落とされた気がした。
頭の中で笑顔を浮かべている幼子の顔がリフレインしては消えていく。
「けれどね、これからは解らない。誰かが×××××を治す新薬、または方法を見つけるかもしれない」
「誰かって、誰・・・・?」
「それが解れば苦労しないさ。・・・ただな、この世界中のみんなが×××××を治すことを目指せばあるいは」
俺は嗤いたくなった。このときだ。この男の台詞で俺の人生は決まった。まだ若干13の俺が目指そうと決めた道。
俺は子供を見る。その子供の目にはもう深い悲しみと絶望だけではない、新しい目標という名の炎が揺らめいていた。
それからの俺は遮二無二に勉強をした。幼子の病を治す医者になるために。たとえそれが、彼との連絡を自ら途絶えさせる結果になろうとも。
高校卒業後すぐに海外へと赴き、あちらの医療を学ぶために外国の大学へと進学した。早く実績がほしくて、経験がほしくて寝る間も惜しんで勉強に明け暮れた。ただひたすらに、彼の笑顔が見たかったから。彼に元気な体をあげたかったら。
そして、世界中を飛び回って医療を学び、実績経験をともに積んで、知った現実。
それはあまりにも辛く、俺のささやかな願いさえ粉々に打ち砕くほどむごいものだった。
(・・・治すことが現実的に不可能で、進行を遅らせられたとしてもほんの数年・・・)
俺は、今までの俺をあざ笑いたい気持ちになった。