逃れられない理
6
僕は変にぼやける頭で(あぁ、死ぬのか)と思った。先ほどまで合った激痛が今はない。
外ががやがやと騒がしいが、僕にはいったい何の音なのか正直解らなかった。
頭の中で漠然と『死』という単語がちらつく。死ぬと言うことはもうこの世界に僕という個体がいなくなるという事。
そのとき、ふと優しく笑う臨也さんの顔がちらついた。いつも僕のことを気にかけてくれる優しい人。温かい人。
そんな人に二度と会うこともなく、話す事も声を聞くこともできなくなる。
そう考えた瞬間、僕の体と頭は激しく拒絶を起こした。
(死にたくない!まだ死にたくない!)
体の中で熱の本流が渦を巻いているかのような、灼熱が僕を襲い始めた。
そして、先ほどまで何の音か理解できなかった騒音がだんだんと大きく近づいてくるのが解る。
「良いから早く!折原先生が来るまで持ちこたえろっ」
「こっちに手ぇ回せっ!何もたもたしてるんだっ」
(新羅先生・・・と、門田先生・・・?)
この二人の怒声なんて初めて聞いた。二人の声が交互に指示を出している。そしてそんな二人の声に混じってはい!や準備が整いました!などの声と、ガチャガチャと器具の擦れ合う音がする。
意識が、浮上していくのが解った。
「っ・・・」
「良かった!意識が戻った・・・!」
「よし!よく頑張ったな竜ヶ峰!」
僕は重たいまぶたを押し上げると、そこには今にも泣き出しそうな新羅先生とほっと息を吐いている門田先生がいた。
僕はマスクをつけられ、腕には何本ものチューブが刺さっていた。
そして息を吸おうとした瞬間、胸に大きな激痛が走る。今までに感じたことの無いような激しい痛み。
僕は目を見開いて、思いっきり咳き込んでしまった。
そのとき、喉から変なものがわき出てくる感覚に襲われる。同時に口の中が鉄の味でいっぱいになった。
「帝人くん!?タオル!あと鎮痛剤もっ」
「竜ヶ峰!後もう少しだ!後もう少しであいつが、臨也が来るから!」
新羅先生と門田先生が慌てて動き始める。僕はチカチカする視界で浅い呼吸を繰り返した。
ゼェゼェと嫌な呼吸音が自分の鼓膜を揺らす。呼吸するのがこんなに辛いなんて思ったこと無かった。
ふと視線を下にずらすと、白いシーツが一面真っ赤に染め上がっている。
一拍おいて理解した。
(あぁ・・・、僕血を吐いたのか・・・)
そしてまた激痛と共に、僕はコポリと大量の血を吐いた。息がしにくい。呼吸をしたくても激痛と血で阻害される。
苦しくて苦しくてたまらなかった。
けれど、僕は力の入らなくなった腕でシーツをつかんで、この痛みに耐える。
(・・・さっき先生たちが言ってた。臨也さんが来るって。だから僕はまだ・・・まだ死にたくない!)
息が吸えない苦しさで、涙が頬を伝ってシーツに伝わるけれど、僕はただ天井をにらみつけながら早く、早く、と臨也さんに願った。僕の命がつきる前に、どうか、どうか。
(貴方の声を聞かせて・・・・)