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僕らの恋愛戦争

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「臨也さんは本当にこちらの珈琲が好きなんですね」
「ん?、・・・・ああまあ、ね」
「毎日いらっしゃるぐらいですもん。あ、でも気持ちわかりますよ。だって僕もオーナーの珈琲のFANですから」
帝人の立ち位置のすぐ横のカウンター席が臨也の定位置だ。注文が途切れたりすると、すっと臨也が話しかけてくる。最初は戸惑ったが、オーナーが話相手になってやれと言ったので、今では空いた時間を臨也とのお喋りに当てている。
「僕も同じくらいとは言わなくても、オーナーの味に近づけたらなぁって思って密かに練習してるんです」
内緒ですよ、と声を潜めて、少し悪戯げに告げた帝人を、臨也は端整な顔を甘く滲ませながら見つめた。
「へえ、じゃあ今度俺に飲ませてよ」
「え?・・・・でもまだまだですよ?」
「いいからいいから、他人の意見があったほうが上達するってもんだよ」
「うう・・・確かに臨也さんはオーナーの珈琲よく飲んでますもんね」
「俺なら的確なアドバイスできると思うけど、どう?」
帝人は女子にしては小柄で、臨也は細身ながらも長身だから、椅子に座れば視線の位置が同じになる。帝人の顔を頬杖をつきながら覗きこむ顔に、(綺麗な顔だなぁ)と思いながらも頷いた。
「じゃあ、お願いします」
あ、でもマズイって思ったからって一口飲んだだけで捨てるのは止めてくださいね。いくら僕でも傷つきますから。と付け加えると、臨也は何とも複雑な顔をした。
「・・・帝人くんって俺がそんなふうにすると思ってるんだ」
「ええー、だって」
帝人の脳裏に高笑いをしながら携帯を踏み潰す臨也の姿が浮かぶ。帝人は臨也を良いひとだと思ってはいるが、そういう一面を持っていることも忘れてはいない。
「臨也さんですから」
「・・・・酷い、酷いよ帝人くん。そりゃあ俺は人には言えないことたくさんしてきたけど、帝人くんだけは特別優しくしてたつもりなのに」
うじうじとカウンターに懐いた大人に、言い過ぎたかと慌てて帝人はコートを脱いだ肩に手をやった。
「もちろん臨也さんが優しいって知ってますよ。ここのバイトも紹介してくれたし、気に掛けてくれるし、この前遅くなった時はアパートまで送ってくれましたし。それに色んなこと教えてくれるから、臨也さんのこと凄いなっていつも思ってて」
あと、と続けようとした帝人の唇を、臨也の指が抑える。ぱちり、と瞬いた視界にうっすらと頬を赤く染めた珍しい臨也の顔が見えた。
「うん、もういいよ、帝人くんの言いたい事はすごくよくわかったから、」
「はあ」
くっそう、天然って最強の詐欺だよねとぼそぼそと呟く臨也に、よくわかっていない帝人はとりあえずカウンターの向こうに居るマスターに助けを求める。
しか し彼はにっこりと微笑むだけだった。
するとタイミングを見計らったように、臨也の携帯が鳴った。ポケットから取り出した臨也は小さく舌打ち、椅子に引っ掛けていたコートを掴んで立ち上がった。
「臨也さん?」
「残念。呼び出しだ」
「あ、そうなんですね。すみません、ひきとめて」
「無粋なのはこっちだよ」
そう言って鳴り続ける携帯を振り、臨也はコートを羽織る。その仕草すら様になるのだから美形とは本当にお得だ。
「今日はもう帰るけど、遅くなるようだったら俺に連絡しなよ。送ったげるから」
「そんな、大丈夫ですよ」
「駄目。帝人くんはおとぼけだし鈍いし危なっかしいから、すぐ悪いひとに捕まるよ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
ぶうっと膨れる帝人の頬を、臨也は面白げに突き、ごちそうさまと珈琲代をカウンターに置いた。
「じゃあ、またね」
そう言って身を翻した背中に、帝人は思わず声を掛ける。「ん?」と首だけ振り返った臨也に、帝人は少しだけ逡巡した後、面映ゆそうに微笑んだ。
「行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」
人の携帯を笑いながら踏み潰すことができると知っていても、結局帝人にとって臨也は良い人なのだ。親切で頭良くて、大人の男のひとなのだ。だから、青年の 職業を知っている分、そんな気遣いの言葉が出るのも帝人にとって極々当たり前のことだった。
「・・・・・・・・・・・・」
「臨也さん?」
しかし何故かぎしりと固まってしまった青年に、帝人は首を傾げる。
何か変なことを言ってしまっただろうか。
マスターが耐えきれずに笑ったことで、臨也は我に返り、一度だけマスターを睨んで、そして帝人を見る。強い視線に思わずびくりと身体が震えた帝人に、臨也は仕方が無さそうにため息を吐いた。
「・・・・うん、まあ帝人くんが天然だってことは知ってるけどさ・・・・ほんと罪だよ」
「?」
「・・・くそっ、やられっぱなしじゃあ情けないよな」
そう言い、臨也は身体ごと向き直り、一歩帝人の前に踏み出した。すっと腕が伸ばされ、帝人の唇に細い節だった指先がふわりと触れた。帝人がぱちりと瞬きを したのに合わせて、臨也の指は唇から離れる。そういえばさっきもこんなふうに触れたなと、どこか他人事のように思った帝人の前で、臨也は指をそのまま顔の前に持っていき、そして帝人にしたように今度は自身の唇に押し当てた。薄い唇が笑みを象る。男の人が浮かべるには艶やかすぎる表情に、帝人の頬は一気に赤くなった。
「・・・ははっ、帝人くん顔真っ赤だ。林檎みたい」
「臨也さんっ」
からかわれたのだと声を上げれば、彼は楽しそうに笑って、「じゃあね」と今度こそ喫茶店を出た。投げキッス付きで。
「うう、また遊ばれた」
悔しくて、紅くなったままの頬を擦ると、マスターにまで笑われてしまった。
「やれやれ、あの男も帝人ちゃんには敵わないようだ」
「それはこっちの台詞ですよ」
僕が臨也さんに敵わないんです。
そう言って、臨也が飲んだカップを片づける帝人に、マスターは肩を竦める。
「むくわれないなぁ、あいつも、彼も」
「彼?」
「帝人ちゃんのもう一人のナイトだよ」
「ナイトって、・・・臨也さんがですか?」
ナイトのイメージを臨也に重ねようとしたが、失敗する。どう考えても、彼と帝人の考えるナイトとは当て嵌まらない。彼はどちらかというと、魔女とか道化師 とかそこらへんのイメージが合っていると思う。それをマスターに伝えると、噴き出すように笑われた。今日一番のツボだったようだ。帝人にはなぜそんなに面白いか よくわからなかったが。
「もう、マスターってば。そんなに笑わないでください!」
「いやぁ、すまんすまん。うん、帝人ちゃんはそのままでいるといい。簡単に奴等に渡すのも面白くないからな」
「だから奴らって何ですか、もう」
頬を膨らませ、帝人はくるりと背を向ける。そのまま「裏にゴミ出してきます!」と言うと、笑みを含んだ声で「いってらっしゃい」と掛けられた。
本当に今日 のマスターは笑ってばかりだ。
作品名:僕らの恋愛戦争 作家名:いの