僕らの恋愛戦争
裏側にあるゴミ置き場。
カラス対策の青いポリバケツに、持ってきたゴミ袋を突っ込む。多少はみ出たのを、蓋をぐいぐい押して、何とか入れた。よし、と手を叩いて店に戻ろうとすると、通りに面する方向から、数人の若い男の人たちがやってきた。嫌な顔で笑う人たちだと関わり合いたくなくて、帝人は横に避ける。しかし、彼らは通り過ぎず、あろうことか帝人を取り囲んだ。
「・・・・何か、用ですか」
「君、ここの喫茶店でバイトしてる子でしょう?」
「その制服来良だよね、超かわいいじゃん」
にやにやと質の悪い笑みだ。見下して、品定めしているようなねっとりとした視線が帝人の身体を見る。きゅっと寄せられた眉に、男達はそれでも笑みを崩さない。
「前から目ぇつけてんだよねぇ」
「中々一人にならねぇからよぉ、今日の俺ら超ラッキー」
「・・・今はバイト中なんで、」
「ちょっとぐらいいいじゃん。さっきだって、あの黒服とばっか話してただろう?俺らとも遊ぼうよー」
「っ、」
手首を掴まれ、通りとは反対の路地の奥に引っ張られる。
「離してッ」
「やーだよ。せっかくのチャ「てめぇらそこで何してやがる」
帝人の抵抗を封じる声に、低く重い声が重なった。聞き覚えのあるそれに帝人はばっと振り向く。
見えたのは、光に反射する金色。
「―――静雄さんッ」
「そこの下衆野郎共、そいつを、・・・帝人をどこに連れていこうとしてんだ・・・?」
まるで獣が唸り声を上げるような圧迫感。帝人を取り囲む彼らの顔からはもう笑みは無い。
「へ、平和島静雄・・・!?」
「はっ、俺を知ってんなら話は早ぇ。――――死ね」
屍累々とはこのことか。
帝人はちょっと離れた場所で(あの後静雄はすぐに帝人を安全圏に移動させ大いに暴れた)、倒れ伏す人間と唯一佇み煙草を口に銜える 金パツのバーテン服の男を見た。
「静雄さん」
呼べば、バーテン服の男、―――喧嘩人形こと平和島静雄は振り返り、長い足で帝人の元へ歩み寄る。その際倒れた何人かを踏み潰してとどめをさしていたが静雄にはどうでもいいことだった。優先すべきは目の前の少女だけだ。
「大丈夫か」
「はい。静雄さんが助けてくださいましたから」
ありがとうございますと、ふわりと笑った少女に静雄はどうってことねぇよと、照れ隠しのように少女の頭を(彼にしては優しく)がしがしと撫ぜた。帝人はそれを嫌がることなく、むしろ擽ったそうに受け止める。
「しかし何だ、お前は見かけるたんびに絡まれてんな」
「うっ、・・・それはタイミングというもので、僕だって毎日毎日絡まれてるわけじゃないですよっ」
「毎日絡まれてりゃ問題だけどな」
「・・・・静雄さん、意地悪ですね」
つんっとそっぽを向いた帝人の頬を、拗ねんなよと静雄は指を滑らせる。そこから香る煙草の匂いに、静雄さんらしいなぁと何気なく思った。
「静雄さんはお仕事の帰りですか?」
「ああ。今日の取り立てがこの辺だったからよ、寄ってみたんだが、俺の選択は間違っちゃいなかったようだな」
「もう!・・・・でも、ありがとうございます。ちょっと恐かったので」
「そうか。もう少し捻ってくる」
「あわわもういいですから!」
未だ起き上がらない屍達の元へ戻ろうとする静雄の腕を慌てて掴む。もう充分です!と縋りつく帝人に、「お前は優しいな」とまた頭を撫ぜる静雄は若干ずれていると帝人は思うが、口には出さなかった。
「で、お前は休憩か?それとも終わったのか?」
「!まだでした!すみません静雄さん、僕戻らなきゃ」
「いや、別にいい。ついでに俺も行くわ。マスターに事情説明しねぇと」
「へ?」
「多分心配してるだろうからな。お前が戻ってこねぇから」
「あっ、そ、そうですよね。でもいいんですか?」
「言っただろう、寄るつもりだったって」
今度は頭ではなく、目じりを撫ぜるように長い指が触れた。やはり煙草の香りがふわりと漂う。今度は口に出して言ってみた。
「静雄さんの指って、煙草の匂いがしますね」
「・・・・そうか?自分じゃわかんねぇが、沁みついてるかもな」
気になるか?と聞かれ、帝人は首を振る。確かに煙草の匂いは苦手だが、何故だが静雄に関しては気にならない。むしろ先ほど感じたように、彼らしいと思う。
(臨也さんの指は、彼がつけてる香水の匂いがしたなぁ)
先まで話していた青年のことを考えたら、帰り際のことまで思い出してしまった。ぼんっといきなり顔が赤くなった帝人に、静雄がどうかしたのかと長 身を屈め覗きこんできた。
「おい、顔が赤いぞ」
「え、や、何でもないです!ちょっと臨也さんのことを、」
思い出してと続けようとした帝人は失言に気付き、慌てて口を閉じる。が、遅かった。静雄の顔が数分前に逆戻・・・否、更に凶悪になった。
「あのノミ蟲が何かしやがったのか・・!」
「いえいえいえいえ何かってわけじゃないんですけど、とりあえず怒りを抑えてくださいいいい!」
今度こそ腕に縋りついた帝人に、静雄は精一杯殺気を抑える。しかし威圧感は消えない。迫力のある顔そのままで、帝人の肩を掴み、「何をされたか言ってみろ」と言った。
「何かって・・・・その、」
帝人としては恥かしいので言いたくはないが、静雄がそれを許すわけもなく。
結局帰り際、臨也にされたことを話した。
「あんのノミ蟲・・・ッ今度会ったらぜってぇ殺してやる!!」
決意(殺意?)新たに吠えた静雄に、帝人はでも、と唇を尖らせた。
「臨也さんは僕をからかってるんですよ。僕が一々反応するの見て、楽しんでるんです」
もっと冷静に対応したいのだが、いまだ垢抜けない帝人はどうしても翻弄されてしまうのだ。はあっとため息を吐いた帝人だが、静雄が妙な顔をしているのに気 付き首を傾げる。そういえば臨也さんもこんな顔してたな。
「・・・・帝人、お前」
「はい?」
「・・・・・・・いや、何でもねぇ。気にすんな」
「?はあ」
そうだよな、お前天然入ってるんだったなと呟く静雄に、帝人は天然って最近流行の言葉なのかなと明後日の方向を考えた。
そんな二人に後ろのドアからオーナーが顔を出して、声を掛けた。
「おーい、帝人ちゃん。大丈夫・・・のようだね」
「あ、オーナー!すみません、すぐ戻ります」
「はは、いいよいいよ、幸い客は居なかったから。とはいえ、そろそろ戻ってきてくれるとありがたいんだが」
「わかりました!ええと静雄さん」
「おう」
「僕戻りますね。静雄さんは前からどうそ。注文はカフェオレでいいですか?」
「ん」
「じゃあ、すぐ用意しますね!」
そう言って戻ろうとした少女の肩を静雄は引き止めた。
何かと振り向いた帝人の唇に、押し当てられたのは火の点いていない煙草の吸い口。反射的にそれを口に挟んだ帝人に、サングラスの下の目が細まった。そして帝人の口から抜き取った煙草を静雄は口に持っていく。殊更ゆっくりと帝人が含んだ吸い口を唇に当て、白い歯で挟んだ。瞠られた大きな眸に、静雄はにやりと笑った。
「間接キス、だな」
それは臨也が見せた艶やかな表情と似て異なる、大人の笑みだった。
「~~~~ッ、静雄さん!!」
本日二度目の絶叫だ。
静雄は軽く笑い、「じゃあ、飲み物頼むな」と表にまわっていった。