晩餐
「思いの具現ってやつだよ。いくら立派な建物でも、その人にとって心に残る建物でなきゃこの世界では残らない。あの建物もある人間の心に残ったものだからああして立ってるんだよ。」
そういうことか。クレスは納得した。この世界は人の考えや思考がたくさんよぎる世界だ。人の思いや記憶に宿らないものはこの世界では消えていくということなのだろう。
「あ・・・・・・・・クレスさん・・・・・・。」
この声は。
「・・・・・琥流栖・・・。」
「よかった・・・・・心配だったんです・・・・・途中で弟に会ったりしませんでしたか・・・・・失礼なこと言われたりとか・・・・・。」
楽太郎がゲラゲラ笑いながら言う。
「言われてた。言われてた。女の子とまちがえられてたしな。あはははは。」
「楽さん!ごめんなさいクレスさん・・・・・・あの子どうしてああ他人にあんな態度とるのか本当によくわかんなくて・・・・・・・。」
最後の言葉がだんだん小さくなっていった。
「・・・・・・・ごめんなさい・・・・・。」
「・・・・しつけがなってない子供だな。」
「っ・・・・・・・・・・・。」
「・・・・だが、別にもう気になんてしてない。そんなことで怒ってたらここではいちいちきりがなさそうだからな・・・・。」
「ごめんなさい・・・・。」
「別に…もう気になどしてない・・・。」
クレスは、自分より少し背の高い琥流栖の頭をなでる。琥流栖の頼りなさが何となくそうさせるのだ。
「本当・・・・・ですか・・・?」
「私は気にしてないと言っている。何度も言わせるな。」
琥流栖はすこし微笑んで「よかった・・・」とつぶやいた。
「あ、あたし、今日苺のロールケーキ作ったんですよ。後、本日は茶わん蒸し定食がありますけど……よかったら食べますか?」
「・・・デザートとの組み合わせは微妙だが、お前がそこまで言うんなら別に食べてもいいが。」
「・・・・ありがとうございます^^」
琥流栖はクレスの手を持ってテーブルに連れて行き始めた。その二人の後ろ姿を楽太郎は見つめていたのだった。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「良いか、くれぐれも頭に粉をつけたりするんじゃないぞ?一応接客もやるのだからな?その様な頭で接客などしてたらクビになってしまうぞ?」
あまりしゃべらないのに、こういう時にはしっかりと注意をしてくれるオーナーの話を聞きながら、初めての外の世界でのバイトにわくわくしていた。
「わかったか?」
「はい、わかりました。オーナーさん。」
と、間が抜けてはいたが士気が高まっているためだろうか、グリスは大きい声で返事をした。
「有無・・・・・いい返事だ。では、イコはそろそろ行くからな?気をつけるんだぞ?ちゃんとここの店の人に迷惑をかけるんではないぞ?」
そういうと、オーナーさんことイコさんーイコ・イライザさんは、空間移動していった。
自慢ではないが、グリスはぼんやりしがちで、人よりかなりペースが遅い。おまけに気が小さく、人に流されたり、だまされてばかりいるので、このバイトに行くのも最初はかなり反対されたが、なんとか面接までこぎつけ、めでたく合格し今に当たる。
「・・・・・・よーし・・・・・・。」
僕だって、一応ちゃんとできるところを見せなきゃ!!
そう意気込んでいた矢先である。
「・・・・・わぁ、お客さんだぁー!!!」
小さな女の子の声が聞こえたかと思うと、たくさんの子供達が繰りのもとによってきた。
「お兄さんきれいねぇ、かみのけがぎんいろー!!」
「ちがうよ、はいいろだよ!」
「かっこいいふくそうだなー!!!」
「どこからきたのー?」
髪やら服やらつつかれながら、子供たちをなでながらこう思った。
(子供がいっぱいだぁーwww)
グリスは子供や小さいものが大好きだ。こういう子どもたちを見ると抱っこしたりなでたりしたくなるのだ。
「あ、宝珠ずるーい!あたしもなでてなでてー!」
「あたしだっこー!」
「はいはい、順番ですよ―www」
先ほどまでの意気込みはどこへやら、グリスは完全に子どもたちと戯れることに意識が行ってしまっていた。
「おにいちゃーん、わたしとてつないでー」
「ちがうあたしとあっち行くのー」
「じゃあ両方やりましょうねー」
子供たちの言われるがままにグリスは手をつなぎながら、子供たちが向かう場所へ向かって言った。
しばらくすると、廃屋が見えてきた。大きくて立派だがほぼ錆びれており、人が住んでいないということを証明させていた。子供たちの隠れ家だろうか。
「ここって君たちの隠れ家ですかー?」
「うん。でもちがうの。」
その言葉を聞いてグリスは首をかしげた。
「隠れ家なのに隠れ家じゃないんですか?」
「うん、レストランなの。」
「隠れ家できれいなレストランなの。今はまだ空いてないけど。」
レストラン、という言葉を聞いてグリスはバイトのことをようやく思い出した。
「あ・・・・・。」
「お兄ちゃんどうしたの?」
「僕バイトに行かなきゃいけないんですよー。『babies' breath』ってところなんですけど・・・・・。」
子供たちと遊んでるうちに完全に迷子になってしまったようだ。これは困ったと頭を抱えていたグレスに子供が言った。
「それここだよ。」
「へ?」
グレスは信じられないといった顔をした。
これはどこから見ても廃屋だし、こんなところで食品を扱ってるはずがないだろうと思ったのだ。
「ここは不思議なところだって琥流栖姉ちゃんが言ってた!」
「うん!扉開けたらとてもきれいなところだよ!」
子供たちが口々に言う。どうやらグリスが働く場所はここで間違いないようだ。だが、もう一つ問題があった。
「・・・・・・・どこから入ればいいんでしょうか・・・・?」
「ノックしてみれば?」
「きっと誰かいると思うよ!」
そう言われグリスはゆっくりと古びて埃がかぶっている扉をノックしてみた。すると、
「・・・・・・はい・・・・。」
女の子の声がした。ガチャッっと音を立ててドアが開く。すると、そこには前回の面接であった女の子がいた。
「琥流栖ちゃん。」
「あ・・・・・・グリスさんですね。大丈夫ですか?ここって結構複雑ですから道に途中で迷ったりしませんでしたか・・・・・?」
琥流栖は心配そうな顔で聞いてきたが、代わりに子供たちが元気に答えた。
「おれたちがつれてきたんだぜ!」
「ねえちゃんのりょうりはやくたべたいー!」
「おれいになにかつくってよ!」
「ちょっと!リトずうずうしいでしょ!」
子供たちが喧騒をグリスはおろおろしながら眺めていた。
「あ、あの・・・・・・・。」
「みんな、聞いて。」
柔らかそうな印象とは裏腹に凛とした声を琥流栖は出した。
「私の料理がおいしいって言ってくれるのはうれしいんだけどね……。」
琥流栖はゆっくりと話し始めた。