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落ちつくには まだ

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 声が出ない男は、止める術がなかった。
 
 
 
 
 
 
「明日、綱吉が海へでます」
 いつものごとく、食卓にある酒ビンを持ち去ろうとしたとき、背後から教えられた。
「―あんまり期待しねえほうがいい。ありゃあ、ひでえ間抜けだ」
 鼻で笑うよう、こちらも教えてやる。
 ところが、相手もひどく馬鹿にした笑いを浮かべた。
「いえ。かなり期待できると思っていますよ。―なにしろ、声を持っていかれるほど、好みのようですし」
「・・・そういう、ことか・・」
 やはり、まんまと利用されるのだ。
 アリオスは、本来の顔でするのだろう笑顔を浮かべ、男を見た。
「あなたと綱吉とは、おもしろい関係だ。初めは助けたのだから、彼と同志なのかと考えましたが、その後のことをみていると、どうも違うようだ」
「―好きで助けたんじゃねえ。てめえにはわかんねえことだ」
「わからないですが、綱吉はあなたと違い、優しい人間だ」
「ありゃあ、ただの甘い男だ」
「だから、そんなに冷たいあなたのことも、彼は慕っているのでしょう」
「誰がだ?笑わせんな。あいつは馬鹿の見本だからな。同じ場所にいるってだけで、誰でも信用すんだ」
 相手の、青い目をにらんだ。
 「―いい、人だ」
  青い眼が、笑った。
 
 
  バタン!と蹴り破られたドアを驚き振り向く男は、いつもの間抜け面だった。
 「―かえんぞ。てめえも」
 「・・・・   ?」
 この男にあてられた部屋に入るのは初めてだった。自分がいる部屋と違い、明かりがまぶしい。
 「これ以上、あのカスになめられても仕方ねえだろ」
 「               ?」
 「うるせえ。そのなめられたてめえに付き合うおれの身になれ―・・だれだ?」
 頭に血を昇らせた状態ではいり、部屋に他の人間がいることに気付かなかった。
 紅い眼でにらまれた女は、引きつった顔で壁際に身を寄せた。
 「なんだ?やろうとしてたのか?」
 女がいるのはベッドが置かれた続き部屋で、海神退治に出るこの男に、女があてがわれたとしても、不思議はない。
 ところが、慌てたように綱吉は赤い顔を振り、怒った顔をつくると、ザンザスに指を突きつけるようにした。
 黙ってろ、ということらしい。
 そのまま女のほうにゆくと、微笑みかけ、音の出ない口で何かを語りかけ、白い手を取り、甲を軽く叩いた。
「・・あ、ありがとう、ございます。本当に、なんて言ったら―」いきなり、女が、感極まったように涙を流し、それをいたわるように肩を抱いた男は、ゆっくりと部屋の扉へ移動し、名残惜しげにする女に、笑顔でうなずき、去るように促した。

「                  」
いつものように、穏やかな顔が女の説明をした。
「・・てめえが明日行かねえと、あの女が差し出されるってことか・・」
「・・・」微笑んだ男がうなずく。
 腹立ちが、最高潮に達していた。
「・・・ぜんぶ、消してやる」
「  !         !!」
 騒がしい男が、こめかみをひきつらせる男に飛びついた。
「ああん?てめえ、そんなに海神とかいうのの餌になりてえのか?」
「     ・・・」
「なら、すぐ引き上げんぞ」
 ところがいつものごとく、頑固な童顔男は首をよこに振り、口を開いた。
『  ちゃんと  片付けてからだ  』
「・・・勝手にしろ・・おれは知らねえ。言っとくが、おれの助けを期待してるなら、無駄だ。酒でも飲みながら、観戦はしてやってもいいがな」
「・・        」
 どうやら助けを当て込んでいたらしい男は、肩を落とす。
「まあ、でかいウミウシを退治するだけだ。十代目様ならさっさと片付けられんだろ?」
「・・・     ・・」
 恨みがましく見上げてくるのを気持ちよく見返し、部屋を出た。






 ※※※


     うまく、眠りに落ちない。
 
 全体的にみれば、立派にあの男のせいなのだ。


 今回落ちた飛行機には、九代目経由で来た、お試しの指令で乗りこむことになったのだが、まさかあの男にも同じ命が出ているとは思ってもみなかった。
 指令をじかに伝え、イイ笑顔で送り出してくれたせんせいは、知っていたのかもしれないが・・・。
 
 こちらに来てまだ一年もたたないが、やらなきゃいけないことと、覚えなければならないことがやまほどあって、正直、毎日息が詰まりそうだった。
 右腕になるべく先に来ていた友達は、既に、というか、古巣に戻ったかのごとく働かされ、本人もそう扱われるのが、さして苦でもないようで、自分とはやはり土台が異なるのを思い知らされた。
 同じ部屋で書類と格闘していても、気付けば心配そうな彼の目と合うことになったりする。その度に、気遣われ、励まされ、って、それは友達としては、すごく嬉しいことなのだが、やはり、せんせいには指摘されてしまう。
「てめえらは、主従の関係になるんだぞ?いつまで友達ごっこ続けてやがる?」
「わかってる。悪いのはおれだよ」
「そ、そんな!十代目!」
 庇い合うおれたちを、さらに冷たく笑い、発育途中の子どもは命じた。
「―てめえら、少し別の仕事しろ」

 そうして来たのが、今回のその指令だったわけだ。
 内容は、ある国と、とある国が、軍隊の貨物輸送機を使って取り引きしている商品を、きれいにどうにかして来い、というものだった。
 準備は万端。こちらの後方支援は、頼りになる鬼教官。
 「サワダ!オトコになってこい!」
 と、ヘリから蹴落とされたのは、まあいいよ。すっかり、もう、慣れてるし・・。
 落ち合う場所へとヘリは先回りしてもらうので、そこから一人、気分も入れ替えて、先をゆく飛行機を追った。
 仲もよく、お互いの軍を受け入れた施設を持つ国どうしだ。そのまま楽に領空へと入り、むこうの軍事施設に入る予定。
 聞いていた通りのルートをたどり、目印の山脈が見えてきたところで、そいつらが現れたのだ。
 真っ黒に塗った大型のヘリ。
・・・ああ、これが、噂に聞く、最新のね。例の、レーダーにも反応しないっていう・・・
「―で?・・なぜここに?って、あんのっ!おまえ!やめろお!」
 そのヘリから勢いよく落ちた男は、こちらをいちべつすることすらなく、その手に力を溜め始めた。
『―おせえ』
 声も聞き取れない距離だったのに、その口の動きをしっかりと理解してしまい、にやり、なんて音がきこえそうな笑いを見せ付けられ、カチン、ときた。
 そのまま最速で男のふところへ飛び、溜めたものを弾くように、男の太い腕を跳ねのけさせた。
 短い舌打ちが耳をかすめたときには、空の上方へと力を解き放った腕が、こちらの腕を取り上げていた。
「っつ、―」いてえ!
 そのまま相手を飛び越えて逆に取ろうと思った腕はあっけなく離され、背後に立ったこちらへ肘を出しながら体勢をひねった男の、長い足が襲い掛かった。
「 っち 」
 どうにか間に合い飛びすさり、できた距離のおかげで声をかけた。
「ど、どうしておまえがここにいんだよ?」
「―ジジイが、てめえと協力して仕事してこいなんてほざきやがった」
「うえっ!?マジ!?」
 同じ指令が出てるということは・・。
作品名:落ちつくには まだ 作家名:シチ