落ちつくには まだ
それは、おれの信用がやはり無いということか・・・。
「断ったら、新しいヘリを造っていいなんて言い出したうえに、てめえの親父まで、行かねえと次の予算大幅に削るなんて脅しやがって、しかたなく来てやったんだ」
「・・・ああ、さいですか・・・」
なんだか、ひどく力が抜ける。
両方の親が揃って、この状態を実現させたいがために、かなりの職権乱用をなさっている気がする。
そんなにまでして、いったい何を望んだんだ?
「おまえと協力って・・・だって、あれを落とすだけだろ?こんな簡単な仕事に・・」お前も寄越すって、と言いかけたところで、ぎろりと、ひさしぶりに怒った紅でにらまれる。
「―てめえ、あれを、そのまま落とすつもりだったのか?」
「ああ。だって」
「馬鹿が。少しは考えろ」
「はあ?考えてるよ。だから、この山脈を越えたら」
「落としてどうすんだ」
「・・・え?」
再度、落としてどうすると男に冷たく確認される。
「・・どうするって・・」
「落として、あれが抱える火薬も全部、そこでドカンか?」
うなずくと、ふん、と鼻がならされ、「やっぱり馬鹿だ」と断言。
「う、うるせえなあ!じゃあ」
「おれたちはな、あれを、貰うつもりだ」
「・・・も、らう?いや、待てよ。だって、指令は『きれいに』してこいって」
「正しくは、『きれいにどうにか』してこい、だ。どこにも、やり方は指示されてねえうえに、今回の輸送品についての処理指示もどこにもねえ」
「・・そ・・」
「あれにのるのを全部奪えば、たいした在庫になる。軍人にしろ、おれたちにしろ、一回でどれぐらいのもんを消費するのか、考えたことあるか?ねえだろ?」そうだ。おまえはそういう種類の人間だ、と馬鹿にした笑いが空に響き、男はさっさと速度をあげて、得物の機体にとびついた。
そのまま、人間とは思えない動きで機体の上を移動し、操縦席へと向かい、身を滑り込ませるのを目にし、慌てて追いかけた。
操縦席の人間は、すでに意識を失わされているのに、高度は保たれている。ちょっと安心して、開いたままのドアを抜けた。
次の狭い空間には、どうやらベッドらしいものが上部に作られ、毛布が垂れている。その向かい側には小さな梯子があり、見上げた先には小さな窓が見えた。
見張り台という場所だろうか?とにかく狭いそこも、すぐに通り過ぎる。
また同じようなドアを出れば、全く別の空間のようだった。
「・・・・広い・・」
今出てきた空間が、嘘のような開放感。
いくつかの区画にわかれるように分けられた荷が、太いゴム製の綱で止められ、ビニールを被せられた箱の状態で、みあげた天井近くまで積まれている。
よく考えれば当然だ。『輸送』するための機体なのだから。
エンジンの音にまぎれ、なにか騒ぎ声が伝わってきて、またしても仕事を思い出し、足をはやめる。
「―ざけんなあ!こっちにはこれだけ武器があるんだぜ?丸腰の男一人でなにができんだあ?」
まわりこんだ荷物の影で、見張り役らしい軍人二人と、黒いボス様が対面していた。
「おい、やめてくれよ」
その三人がいっせいにこっちをむいた。軍人が肩に下げたライフルを向けてくる。
「絶対に手を出すなよ。この人たち、ただの軍人だろ?」
もちろん、止めたのは、黒い男のほうだ。軍人がおかしな顔になり、対した男は「でてくんな」とこちらを一蹴。
「―でるよ。おまえが何するのかわかんないから」
「おれがどうしようと、てめえには関係ねえだろが」
「関係なくはない。だって、同じ指令で同じ仕事するのに、こんなに解釈が異なるってのが」
「黙れ。カス。消すぞ」
「だ、だからあ!ちょっと一回話し合って」
「話すことなんざねえ。だいいちてめえのせいで、こっちはすでに、はかなり計画狂っちまってんだ。さっきおれが外から穴を開けて、さっさと荷物を吊るし去るはずだったのに、てめえのおかげで、中からになった。おかげでこの面倒くせえ状況だ」
「だって、外からおまえの攻撃なんて!中の人はどうなっちゃうんだよ!?」
「しるか」
「おま!っのわあ!」
すっかり忘れていた軍人達がしびれをきらし、いきなりの連射をあびた。
別々の方向へと身を隠したこちらを、むこうも分かれて攻撃し、すぐに黒い男が身をひるがえした方向から、絶叫と発射の音が響いてきた。
おかげでこちらを狙っていた軍人が「どうしたあ!?」と、そちらへ向かう。うん。正しいよ。同じ仕事をする仲間を気遣うその気持ち・・・。
なんだかうらやましくなったとき、しゅううう、という音がして、向こうの積荷奥から、煙がわきたった。
「わ、なんだ?ただの発炎筒か?」それでも、あっという間に視界が白くけむり、身を低くするも、方向感覚がなくなる。
ジリリリリリリリリリリリリ
何かを喚起するための音が鳴らされ、ガシャン、ガタン、と重たい音が離れたところから響くと、さああっと、いきなり煙が流れる。
いや、空気が流れているのだ。
どうやら、軍人達が緊急事態での離脱をおこなったようだ。
なんだかちょっと拍子抜けだが、これでもう、あの男がやろうとしていることに文句はつけられない。
「お〜い!ザンザス!これなら、このまま操縦して持っていきゃいいだろ?」
・・・ところが、かんじんの男から何の反応もナシ。
「・・なんだよ。せっかく手伝ってやろうかと思ったのに・・」
思わずその場に座り込み、先ほど男に言われた内容を思い出す。
あれは、―あれが、・・プロってものなのだろう。
同じ指令を受けたのに、自分はただ、あとかたもなく落とすことしか思いつかなかった。
「―ま、たしかに、あいつらプロ集団だし。やりかたも、おれとは、違うし・・」
自分を慰めるような口調になってきたところで、あぐらをかいて晴れてきた視界を確認。再度、男の名を呼ぶが、またしても反応ナシ。
仕方なくも立ち上がったときに、爆発音と共に全てが揺れた。
明らかな緊急事態用の警報が鳴り響き、身体はそのまま何かに押されるように荷物へとぶつかって止まる。
身体が押さえ込まれるようだ。
「っくしょ、置き土産か?」
そうだ。だから、呼んでも、男の返事がないのだ。
軍の輸送機だ。
明らかな不正の証拠を積んだまま、離れるわけはない。
それこそ、『きれいに』してから離脱だ。
間抜けな自分だけがここに残っているのだろう。どうにか体勢を立て直し、傾く床を這って進む。音と風の流れを頼りに、行く手をふさぐ積荷の箱たちを登る。
と、―。
「・・・・・いたのかよ・・」
「ああ?」
箱をあけて中の確認をしている男と鉢合わせ。
「おい、そんなことしてる場合じゃないだろ?」
「うるせえ。逃げたきゃとっとと行け」
「・・・・」どうしてこう、カチンとくるしゃべりかたなのか・・。なのに・・
「なにしやがる」
「逃げるんだよ。いっしょに」
男の太い腕をとった。
「てめえといっしょにすんな」
「いいから!刻一刻と、落ち続けてるんだぞ?」
ぱん、と手が払われ、馬鹿にした目と合う。
「―仕事の邪魔だ。とっとと行け」
「・・・・・・・・」
―何も、言えなくなってしまった。