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落ちつくには まだ

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 自分には無い、何かを見せ付けられた気がして、急に悔しさがこみあげ、動けない。
 一方、中身を確認した男はこちらなど全く無視で、身軽に一度姿を消し、再度現れたときには、大型のフックを手にしていた。
「どけ」
 怒りをもった声で命じられるほうが、ずっと良かった。
 何の感情もないように出された声でどかされ、男は一人で黙々と作業をこなすと、すぐに終え、背中をみせる。
「―おい、すれすれだぞ」
 先ほどの命令と同じ調子の声に、頭がまわらない。
「―なにが?」
 とたんに、すごい衝撃と音の中、目の前にあった荷物が一区画分、引っこ抜かれた。
「・・・・・」
「は。良かったな。当たらねえで」
 いまや、胴体の上の部分が半分以上取れた機体の中を、警報音と風がすごい勢いで渦巻いている。
 目の前から宙へと消えた荷物が、あの黒いヘリに吊り下げられているのが見えた。
 本当に、顔面すれすれを、荷物が通って行ったのだ。
「・・もっと、早く教えろよ・・」
「涙目で見るな。てめえ、そんなんで本当に―」
 馬鹿にした男の口が閉じる。
 次に、見切ったように背をむけた男の上着の裾を、素早くつかんだ。
「・・・ってめえ・・」
 さすが、バランスを崩さない男が、怒りをこめ見下ろしてくる。でも、仕方がないじゃないか!
「―えへへ・・・。腰、ぬけて、動けないみたいなんだけど・・・」

 そうして、かなり本気で見捨てようとする男をどうにか拝み倒していたところに、またも爆発がおこり、男はおれを抱えて飛べなかったのか、ただたんに嫌だったのか、そのまま、まだ無事だった片翼へと引きずって移動してくださった。
 
 で、あの、間に合わない提案が出されたわけで・・・・。




 ※※※


『・・・・う〜ん・・』
 やっぱり、ここへ来てしまったのは、あの男のせいだと思う。
 あそこで惜しまずにおれを抱えて飛んでくれればよかったものを。
 
       ぴちょん

『ん?』
 音なのか、気配なのかはわからなかったが、なんとなくドアのほうを見てしまった。
 開かない。
『―・・・ほっ』 
 なぜか動悸が早まっていた。
 恐がりなのは、しかたないだろうと自分に言い訳し、息をついて寝返りをうったら、それがいた。
『ひ!!っ―――――――』





   ぴちゃり、  と水の垂れる音を聞いた気がしたのだ。
 
 寝酒を好む男は、それでも自分のなにかが働くときは、はっきりと眼を覚ます。
 さっさとベッドをおりると、おかしな気配のする廊下をうかがった。
あの、間抜けなお人よしの部屋は、男の部屋からはかなり離されたところにあるはずだ。昨日まではここから廊下を折れ、その先にあった。
 一瞬、あの女がまた、男に『夜のお礼』をしに行っているのかと考え、すぐに訂正。
 たしかにここの人間の気配は、自分がよく知るものと異なりわかりにくいが、それとはまた、違うもののような気がした。
 ドアを少し開ける。
 所々で揺れる炎は薄暗いが、床に敷かれた織物が色を変えているのはよく見えた。
「―――――」
 勢いよく廊下へ出て、先の曲がり角を目指す。昨日は右に折れたそれが、左に曲がる。青いドアが一つだったのが、三つに増えている。
 が、目指すべきドアはすぐにわかった。
「おい」
 水気で色が変わった跡を追い、一つのドアを叩くこともなく開いた。
 中は、寝る前に来たときと同じ様子で、ただ、目当ての男だけが消えている。
「っち、あの間抜け」
「ああ、間に合わなかった」
「・・・てめえ―」
 また、気配もなく、いきなりアリオスが現れ、ザンザスは向き直った。
「―気付かなかった、わけじゃねえだろ?」
「気付けなかった、んですよ。―不覚にも・・」
「・・・・」
 穏やかな顔しか作らなかった男が、侮辱に憤るような顔をする。
「まさか・・ここに入って連れてゆくなんて・・・」
 いなくなった男をにらむようにベッドに眼をやり、一度口をつぐむと、「―しかたあるまい」とふっきたようにつぶやく。
「・・おい、あれは」
「綱吉は、残念ながら、先に海神にもって行かれたようです」
 ふ、と笑むように口を緩め、ゆっくりとザンザスを見つめた。
「―あなた、助けに行きますよねえ?」
「行かねえ」
「・・・薄情だなあ」
「自分のへまだ。自分でどうにかすんだろ」
「・・・どうにかできるほど、彼は強いですか?」
 青い眼は、測るように紅い眼をのぞいた。
「強けりゃすぐ帰って来られるが、ダメなら、それまでだ」
 眼を合わせてそう答えた男を、アリオスは興味深そうにしばし見つめた。
「・・・ほう・・。あなた、ずいぶんと綱吉を買っているのですねえ?」
「ああ?耳腐ってんのか?」
 それに涼しく微笑んだ青い眼が、「帰ってこられないでしょう」と断言。
「こちらが指定した日より早く生贄を迎えにくるなど、今までになかったことです。しかも、声を先に取られるほど気に入られている。連れて帰って、少しいたぶって、すぐにぺろり、ってとこでしょうね」
「は。あっけねえな」
「まあ、むこうは数が多いので、よほど細かく分けないとならないでしょうが」
「・・・数が、多いだと?」
 待っていたように、アリオスが爽やかに微笑んだ。
「ぼく、言いましたよねえ? 『この辺り一帯の海を』って。あなたたちの海はどうかは知りませんが、こちらの海は、広いのですよ」
「てめえ・・あの本からも、わざと数のこと抜きやがったな?」
「なんのことでしょう?あなたが手にした本には、あなたが知りたいと思うことが記述されていたはずですよ?」
 自分達が隠していたのではないと、笑う。
「・・・・」
「おや?やはり、助けに行かれるのですね?」
 ひとにらみして踵を返した男の背に、アリオスが嬉しげな声をかけた。
「あなたも、―いい人で、よかった」








 城の中、地下へと続く階段を案内された。
 あの時、落ちた二人を迎えに来た兵士だった。
「あの時使った船よりも大きなものをだしましょう」
 いやに、嬉しそうな声だ。そう思って見た顔が松明の火に醜く浮かぶ。
「―いや実は、本来は、あなたに海神退治を頼みたかったのです。アリオス様は、あなたが、何かすごい力を使ったのを眼にされたのです」
「・・・・・」
「ところが、どういうわけか、海神が先にもう一人の方に目をつけてしまった」
 カツンと一番下へ着く。
 すぐそこに舫(もやい)をつなぐにちょうど良い型の岩があり、ちゃぷちゃぷと、つながれた船を海水がたたいている。
「お一人で、ということですが・・」
「一人だ」
「では、船は自然と、城の向かいの空にある、青白く輝く星を目指します。そうして止まった場所が、海神がいつも現れる場所ですので」
 何も答えずに船に飛び乗った男へ、お気をつけて、と兵は綱を解いて送り出す。
 ゆっくりと、確実に、地下の水路から出て、城を離れた。

 海も空も暗い。
 星はあるが、自分たちのいる世界のほうが多い気がした。目印にと言われた星だけが、主役のように輝いていた。
「―言っとくがな・・、貸しはでけえぞ」
 船の速度が落ち、止まったと思えたそこで、ザンザスはいつものように教えてやった。

ぶく

泡が立つ。
作品名:落ちつくには まだ 作家名:シチ