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そこまでの距離

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2. 意外と普通に出来た





 好きだ、と告げると沢木は曖昧な表情で僕を見た。
「なんで、今なんだ?」
「こうでもしないと、沢木をひとりに出来なかったから」
 信号が青く変わったので僕は歩き出すよう沢木を促す。それから尚も腑に落ちないらしい彼の目に少しだけ考えて、本当のことを言った。
「沢木って意外にモテるから」
「ブッ」
「うわっ。きたないなもう」
「誰のせいだ、誰の!」
 でも本当のことなのだ。樹先生と長谷川さんと美里さんと川浜さんと及川さんと武藤さん。沢木はいつも誰かと一緒にいる。おかげで怪しまれないように呼び出す方法はなかなか考えつけなかった。研究室や教室で面と向かって――は思い切り怪しまれるだろうし、メールにしても覗かれたりとか、そもそも沢木が自分で話してしまうかも。全ての可能性を考慮した上で僕は最終的に交差点の待ち時間に告白する案を捻り出した。
(ってことは、ちゃんと上手くやれてるのか、沢木)
 それ以上考えると落ち込んでしまいそうなので、沢木との会話に意識を引き戻す。この雑踏の中で当たり前のようにして告白が執り行われていることなど誰も考えないだろうから、気だけは楽なものだ。
「にしても、驚かないんだね」
「あ?」
「絶叫してぶったたかれるくらいは覚悟してた」
「いや、それをここでやったら俺がただの変質者だから」
「そっか」
 至極真面目な顔で頷く沢木。それだけでもう十分だと分かっていた。なのに少しずつ近付いてくる駅の改札に僕は歩みを止めたくなってしまう。今別れてしまえば、もう二度と会えないような気がして、馬鹿みたいに不安だった。
「なぁ、コーヒー飲まね?」
「え、なんで」
「いいからいいから」
 そして僕の考えを読み取ったかのようなことを口にする沢木にびくついていると、彼は勝手に歩き出した。しかもその方向は目の前の喫茶店ではなく10メートル程離れた自動販売機だった。喫茶店の中へ誘おうかとも思ったけれど、季節柄ホットの缶コーヒーを既に手にしている彼に結局は続いた。どうやら沢木は本当にただ単にこれが飲みたかったものらしい。
 無糖のものを選び、切符売り場のあたりで壁を背にして立つ沢木の元へ近付くと、
「まぁ、ちょっとここに立て」
 何のつもりか隣のスペースを示され、拒めるはずもなく僕は大人しく頷いた。ここまで場の主導権を握られたのは随分久しぶりだった。
 それからふたり、暫くは黙ったままでコーヒーを口にした。
 沢木の隣りに立っているのに耐え切れないで、流れていく人込みだけをひたすらに眺めていた。手袋ごしでも缶のあたたかみがかすかに伝わってくる。吐く息は白く、先程までオレンジ色に染まった空に夜の帳が下ろされようとしている。悔やむ気持ちはなかったものの、ほんの少しの不安は消えなかった。手を掴んで沢木を引き止めたい。だが今の僕にはあの日のキスでさえ酷く大胆な行為だった。らしくもないのは承知の上である。
「蛍」
 呼ぶ声に顔を上げる。沢木の真摯な瞳がそこにはあり、僕は思わず息を呑み、彼は苦笑した。深い黒が困ったように揺らめく。無性に言い訳がしたかった。
 沢木を困らせたくなかった、とは、言ってしまった今になっては嘘になってしまった。だが僕は確かに彼の困る顔を見たくなかったのだ。予想していたいくつものパターンの中、最悪のものが今目の前で執り行われようとしている。分かっていても尚、何も出来ない自分。
「……んな顔すんなって」
 続く台詞に、そして僕の中の後悔は尚更加速する。
「嬉しいよ、俺」
「だけど沢木っ」
「誰だって、好かれるのは嬉しいだろ」
 それに、告白されたのなんかはじめてだし。
 ついに堪え切れなくなって僕は沢木から目を逸らした。彼が無理をしているとは思わない。至極自然に発されるからこそその言葉は痛いのだ。まとも過ぎるくらいまともな沢木。君には僕のことを気遣う必要などないのに。まともにまともなままで、僕の気持ちなど全て無視してきもちわるいと一言で切り捨てる権利があるのに。
「だから、ってわけでもねーけど……なんかして欲しいことあるか?」
「うぅん」
「ほんとに?」
「本当に」
 どこか心配そうな顔。曖昧に笑ったものの、誤魔化したつもりはなかった。沢木に望むことなど、これ以上は何も、ない。
 先程から否定ばかり続ける脳が、はじめっから変わらない真摯な瞳と声に溶かされてゆく。涙が出そうだった。
 沢木も、終わりたくないと望んでいるのだろうか。冷えてきた缶を握りながら自己中心的に過ぎるような仮定に思い当たる。
「何かあったら、言っていいんだぞ」
「うん」
「ほら、溜め込むのはよくないしさ、っていうかお前は話さなさ過ぎ。俺は信用されてないような……とにかくっ、話したくないならいいけど、話、聞くくらいは、俺だって」
「うん」
「だから頼むからひとりで悩むなっ。俺だって、俺だってなぁ……」
「………………」
「………………」
「……ごめんね、沢木」
「ッ」
 分かっていないふりを、した。
 ここまで言われて尚、気付かないのだとしたら相当だ。ひゅぅ、と沢木が息を呑む音がする。でもそれ以上の言葉を僕は持ち合わせていなかった。
 沢木には、研究室のみんながいる。菌だって彼の味方になってくれるはず。
 僕には、日吉酒店がある。昼にせよ夜にせよ、今や僕の拠点となった場所。
 ちっとも建設的でない議題のために、手に入れたものをおろそかには出来なかった。罵られたほうがマシだった。これじゃあ、諦めることすら出来やしない。
 ――ましてや、欲しがることなんて。
「沢木、帰ろう」
 そう誘って、空き缶をごみ箱の中へ。今だけでも忘れてしまいたかった。口を突いて出てしまう程に蓄積した思いも、軟らかくあたたかい僕を縛る解けない優しさも、あの日のあの、僕でない誰かのつもりで沢木に落としたキスのことも。



作品名:そこまでの距離 作家名:しもてぃ