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君という花

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 デンマークは手に持った缶ビールを高く掲げる。まだ一口も飲んでいないのに酔っ払いみたいなテンションの男が。疲れないのだろうかと常時ローテンションのアイスランドはつねづね思っていた。
「もういいけ?……んじゃ、アイスの中学卒業と高校合格と、」
 そしてデンマークは思わせぶりにノルウェーとアイスランドを見遣り。
「おめぇらがホンモノの兄妹になったのを記念してェ、乾杯ーっ!!」
「乾杯ー!」
「あんこうざい」
「ってかさぁ、僕を口実にみんなで馬鹿騒ぎしたかっただけじゃないの?」
「悪がったなぃ」
 ジュースを半分くらい一息に空けて、ぶは、と男らしく口許をぬぐうアイスランドに、違うジュース(オレンジジュース・粒果実入り)やらつまみ(丁抹産チーズ・癪なことに美味)やらを取ってくれるスウェーデンである。寡黙でもっぱら顔が怖い彼だが、やさしいひとなのだ。彼に申し訳なさそうにされては怒りもしぼむ。
「ありがとね、スヴィー。花、部屋に飾るよ」
「ん」
 アイスランドが自分の贈り物を気に入ってくれたと知ると、スウェーデンは厳つい顔をゆるめる。アイスランドも彼女なりに小さく笑ってみせた。彼がいろいろ考えて選んでくれた花なのだろう、気に入らないはずがないじゃないか!

 みんなうわばみばかり、よく飲む。アイスランドは、「冷蔵庫からお酒取ってきますね」とキッチンに向かうフィンランドの後を追う。何がアイスが今日の主役だっぺー、だ。みんな好き勝手飲み散らかしているではないか。こうなるのは最初から分かってたけれど。
「手伝うよ」
「ありがとうアイスくん、助かるよ」
「フィンは飲まないの?」
「うん。今日は僕が運転係だから、ターさんとスーさんを送ってかなきゃいけないからね」
「そう、大変だね」
 フィンランドの運転。人は見かけによらないものだと実感した、彼の運転で岐路につくのか。――あのうわばみたちの酔いを覚まさせるいい薬かもしれない。
 手分けしてビールの缶を抱えて、リビングへと戻る。
「……フィンも、ありがとね」
「ん?」
「ルームスタンド。前に僕がいいなって言ってたの、よく覚えてたね」
「好みが変わってたり、もう自分で買っちゃってたらどうしようかと思ってたんだけど、ノルくんに訊いて、アイスくんがまだ欲しがってるって分かったから、よかったよ。あ、よかったっていうのも変かな、あはは」
 フィンランドからの贈り物はしゃれたルームスタンドだった。
 以前、彼らと出かけた先で売っているのを見て、いいなぁこれ、とこぼしたことがあったが、まさか独り言を拾われていたことすら知らなかった。梱包を開けてみて、これは嬉しかった。さっそく使おうと思う。
「それに、受験の時もありがとう。勉強見てくれて、すっごく助かった」
「いえいえ、どういたしまして」
 臨時家庭教師を引き受けてくれたフィンランドは、やさしく根気よく、懇切丁寧に勉強を教えてくれた。めずらしく素直に礼を言えば、聞きつけたデンマークが口を尖らせている。
「あんだぁアイス、俺だって勉強みてやるつったのに、『ダンはいらない』って冷たかったっぺなー」
「だって、ダンに教わるとダンがうつりそうだし」
「なんだそりゃ、どういう意味だっぺ!」
 こんな男が、学部でもトップクラスの成績なのだというから、世界はどこかズレているとしかアイスランドには思えない。
「あんこのばーか」
「かわいげのねぇ口はこん口か!」
「やめてよバカもうー!」
 デンマークに髪をわしゃわしゃとかき回されて、ほっぺをむにむにと引っ張られる。仲間一の飲兵衛はもうできあがっている様子。くすくすと笑って見ているフィンランドも、場の空気に流されているのか、助けてくれそうにない。
「そうそう。僕、ちょっと笑っちゃいましたよ」
「なにがだべ?」
 首を羽交い絞めにされて、痛くはないけど腕はがっちりとホールドされていて、ゆるむ隙がない。アイスランドが腕をぺちぺち叩いても、デンマークはびくともしないのだ。
「あのデンさんが贈ったうさちゃん。ノルくんと同じことをターさんに言ってたんだよ、アイスくん」
「え?」
「うさぎに罪はないからー、って」
「おー、そういやそうだっぺなぁ!」
「え、えー?!」
 知らず、頬が赤くなる。スウェーデンと何事か話をしながら静かに飲んでいる兄を見れば、こっちの会話が聞こえていたのが、くすりと笑われた。
「やーっぱおめぇら、兄妹だっぺな!」
「ですねぇ」
「ううう……!」
 これは恥ずかしい。リビングの片隅には、スウェーデンに運んでもらって、ビニールを破って取り出した巨大うさぎが、壁にもたれて座っている。うさぎと視線が合った気がした。また、頬が熱くなる。

 ノルウェーが実の兄だと分かる前から、この兄の友人たちとは交友があった。気がいいひとたちばかりで、彼らといる空間は、アイスランドにとっても居心地のいい場所だった。
 まだ酒を酌み交わせない年齢だけれど、気心の知れた仲間同士で飲むのは楽しいんだろうと、素面ながらもその空気を味わっていたアイスランドである。いつもはローテンションな彼女だが、空気に呑まれて妙に浮かれている自分を感じる。
 楽しい。あははと笑ってみる。身体があったかくなってきた。
 なんだか心までぽやぽやしてきた。些細なことなんてどうでもよくなる。意味もなく、笑いたくなるような。
「……おい、デンマーク」
 スウェーデンの低い声がデンマークを呼ぶ。
「んあ?」
「おめぇ、チューハイ買うてきたんけ?」
「え、どれですかスーさん、……おひゃああぁぁぁ!」
「なしたフィン、でっけぇ声出して」
「ノルくん大変です!アイスくん、チューハイ飲んだかもしれませんよ!」
 スウェーデンとフィンランドが拾い上げた空き缶は、飲みきったチューハイの缶だった。四人が四人とも、ビールかウーロン茶しか飲んだ記憶がない。ではこの缶の中身はどこへ消えたのか。全員の顔色が変わった。
「おいコラあんこ、おめぇ、俺が目ェ離した隙にかごに何入れた?」
「知らねえっぺ!……あ、もしかしてジュースと間違えたんか?」
「おひゃあぁアイスくんー!」
 デンマークにげんこつをくれてやったノルウェーは、彼をぽいと投げやり、アイスランドに顔を近づける。
「ふぁ?」
 いつもの彼女からは考えられない、妙に気の抜けた声。焦点も合っていない。
「酒くせぇ……アイス、何飲んだんだ?」
「んー?りんごとオレンジとぶどうのジュースだけだよぉ」
 ああ、とフィンランドが頭を抱える。彼が手に持っているのが、空き缶の山から発掘したぶどうの味のチューハイの缶だった。
 アイスランドの頬が赤い。彼女を見つめるノルウェーの眉間に、みるみるしわが寄っていく。ふいと手を伸ばしたアイスランドは、兄の眉間をつついてけたけたと笑う。
「あはは、すっごいしわー」
「おい、アイス」
 にっこり。それはそれは愛らしく笑って、アイスランドは言った。
「なぁに、おにいちゃん」
「……ッ!!」

 その一瞬で、彼ら全員の酔いが覚めたこと。翌日のアイスランドが二日酔いと羞恥心に身悶えるハメになったのだが。
「うぁ、きもちわる……ねえ、昨日僕どんなこと口走ってたのさ!」
作品名:君という花 作家名:美緒