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君という花

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「昨日のおめぇはめんげかった。でもまだ酒は早ェ、そんだけだべ」
「はぁ?何それノーレ意味わかんないから!」
 問い詰めても、四人は多くを語らない。


* * *




(閑話休題)

「スヴィー、やさしいから好きだよ」
「フィンならお兄ちゃんって呼んでもいいかな」
「あんこのばぁか」

 幼い頃みたいに無邪気な声で、くったくなく笑いながら発せられる殺し文句。笑えば愛らしい子は、甘い声でなつく。
「って、俺だけヒデェっぺ!馬鹿とか言われてんぞ」
「でも、全然悪意のない『馬鹿』ですよねぇ」
 チューハイ一本で理性をログアウトさせてしまった酔いどれお姫様。キャラ崩壊しまくったあげく、酔っ払いたちの酔いを散々冷ましてから、最後に兄の元に戻ってきた彼女は「ねむい」とだけ呟いて。力尽きたようにがっくりと首が折れた。
「アイス」
 彼女の両脇に手を入れて身体を支えていたノルウェーが、ゆさゆさと揺すっても、なすがままに小さな身体は揺れるだけ。ノルウェーはいつもの気だるそうな表情で、細身の体躯のどこに力があったのかというほど、軽々と小脇にアイスランドを抱き上げる。
「だいじょうぶですか、ノルくんもけっこう飲んでたんじゃ……」
「ん、そこまで酔ってねぇ」
 ノルウェーは、部屋の片隅でインテリアと化していた、デンマークが贈ったうさぎを引きずってくる。それを枕に横たえてやると、アイスランドはうさぎの腕を抱え、すこやかな寝息を立てて、また深い眠りの世界へと落ちていった。スウェーデンがソファの上にあったブランケットを持ってきて、彼女にかけてやる。
「なんか一気に酔いが覚めたっぺ……」
「誰のせいだべ、ほんずなし」
 それにしても、アイスランドがこうもアルコールに弱かったとは。歳の離れた友人でありながらも、少なからず彼女を妹分として見ている男たちは、それぞれに危機感を感じていた。近い将来が心配だ。――血のつながった実際の兄であるノルウェーはといえば、いつもの茫洋とした顔ある。
「それにしてもノル、おめぇ、」
 酔いが覚めてしゃっきりとしてきたデンマークは、テーブルの上のスルメを口に放りこんで、噛みしめる。
「お兄ちゃんって呼ばれても、あんま嬉しそうじゃねんだな。アイスにあんだけ呼ばせたがってたおめぇがよ」
「え、そうなんですか?」
 甘く可愛らしい声で「おにいちゃん」と呼ばれたノルウェー、その彼のリアクションはいつも通りに薄かった。よもや、感極まったあまり声も出ないのだとはフィンランドも思っていないが、しかし外見上はいつものノルウェーにしか見えない。たとえ内心で歓喜のファンファーレが鳴り響いていたとしても、彼の表情だけでは判別できなかった。
 しかし、付き合いが長いデンマークには看破されていたようで。
「うっつぁし」
 図星なのが腹立たしかったのか、ノルウェーは嫌そうな顔をつくって気の抜けたビールを一息に空けた。
「アイスがせっかくお兄ちゃんっつったのに、嬉しくねぇんけ?」
「意識飛ばしてる時に無理やり言わせて、何が楽しんだ」
 空き缶をテーブルの端に寄せ、ノルウェーはアイスランド用に買い込んだジュースの袋からヨーグルトドリンク(ナタデココ入り)のプルトップを引く。甘いジュースをあおって。
「そういうのは、自分から言わせんのが醍醐味なんでねぇが」
 ノルウェーはちょっと怖いことをのたまった。分かりきったことを言ってんじゃねぇと言わんばかりに蔑んだ藍の眼が寒気をまとって、デンマークを射抜く。
「ドS!ここにドSがおるっぺー!」
「やがまし」
「なぁスー、おめぇなら分がるか?」
「……俺に振るでねぇ」
 眉根をひそめ、スウェーデンはちらりと眠るアイスランドを見遣る。(隣にいたフィンランドには、まるでガンをつけられたようにしか見えなかった)
「まぁ、分がらんでもねぇけっぢょも」
「と、とにかく!子どもにお酒は飲ませちゃいけないですもんね!」
 話題が互いの性癖にまで転がっていきそうなのを察したフィンランドが軌道修正を試みる。ひとり苦労性は、苦労する。
 もっきゅもっきゅとナタデココを噛みつぶし、缶をひっくり返して底を叩き、目線の高さで缶を振っていたノルウェーは、ぽつりとつぶやいた。
「お酒は大人になってから。……アレにはまだ、早ぇべ」

「ノルくん、まだ酔いが覚めきってないでしょ?階段、危ないから僕が運びましょうか」
 デンマークとスウェーデンは片付けと帰り支度をしている。リビングは火が消えたように寒々としていた。
 ブランケットごとアイスランドを抱き上げて運ぼうとしていたノルウェーを、素面だったフィンランドが横から押し留める。最初に付き合い程度に飲んだ、ビールのアルコールはもうすっかり抜けている。黙って身を引いたノルウェーから「おめに任せる」という意思表示と解釈したフィンランドは、アイスランドの背と膝裏を支点に抱き上げた。
「僕もね、妹が欲しかったんですよね」
 気はやさしくて力持ち。フィンランドに抱かれた少女の首が揺れて、頬が彼の胸元にすりつけられる。フィンランドはくすぐったそうに微笑む。
「みんなそうですよね。アイスくんを可愛がってる。だから今日、ノルくんちに泊まらせてもらわないで、日付が変わる前に帰ろうって話になったのも。アイスくんにみっともない姿、見せたくないから」
「男ってのはカッコつけだがんなぁ」
「ほんとに」
 それでも誘惑に負けて、グデングデンに酔っ払ってしまう時もあるけれど。そうでなければ飲兵衛のデンマークを筆頭に、もっと自由奔放、怠惰に飲み明かしているはずだ。
「いつまでこうして付き合ってくれるのかな、アイスくんは。そう考えると、ちょっとだけさみしいですね」
 ぽすり。支えを失った薄ピンクのうさぎが壁伝いに滑って倒れた。





 あたたかい腕にベッドまで運ばれて。部屋にはお祝いにもらったすてきな贈り物。目覚めれば、お兄ちゃんが寝ぼけまなこで朝ごはんの用意をしている。しあわせだ、とアイスランドは思う。
 当り前すぎて、だからいつもなら何とも思わない、しあわせな日常。でも、だからこそ得難いそれは、時に恐怖の種になりうる。
 僕はいつまでこうして幸福な毎日が過ごせるの?
 ノルウェーの幼なじみのデンマークとは、昔から一緒に遊んでいた。彼らが同じ大学に進学して、そこにスウェーデンとフィンランドが加わった。
 生活環境が変わった。ノルウェーが実の兄だと検査で証明されてから、諸事情あって一つ屋根の下で暮らしはじめて、早や数か月。《アイスランド》をかたちづくるものが、どんどん彼女の周りを取り囲んで固めていく。しあわせ、を包む殻を形成していく。
 それに気づかないふりをして生きている。気づいているくせに、みっともなく目をそらしている。
 兄みたいに、のらくらと、飄々と生きられたらいいのに。
 遠くから兄の声が聞こえる。いつも一定のトーンで落ちる、真夜中にしんしんと降り積もる雪みたいな、ノルウェーの声。
「いまだに、アイスを《家族》だとは思えねんだ」
「え?」
「アイスはアイスだ。他の何でもねぇ」
作品名:君という花 作家名:美緒