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神月みさか
神月みさか
novelistID. 12163
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猛獣とその飼い主の話

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 表情は穏やかなので心配するような状況ではないのだろう。
 というよりも、静雄と向かい合って会話している相手は、警戒感を抱くような人間ではなかった。
 まるで中学生のような風貌の、大人しくて真面目そうな少年だったからだ。

(さっき静雄を呼んだのは、この子か)

 トムがついうっかり無視してしまったのは、少年の声が取立て屋とはまるで縁のないものだったからだ。まさかこんな若くて穏やかな声が静雄の名を呼んだとは思わなかったのだ。

 店の外に出てみれば、ふたりの会話が聞こえてきた。
 想像どおり、静雄がキレる心配のない平穏な会話のようだ。

「――あ、トムさん、すんません」
「すみません、お邪魔してしまって」
「ああ、いいって、いいって。休憩時間だしよ」

 両手を前に揃えて深々とお辞儀をする少年に、トムは笑って気にするなと伝えた。

 唯の想像だが、静雄はこの少年と待ち合わせでもしていたのだろう。
 先に送ったメールで場所を教えておいて、先程のメールで休憩に入ったこととこれから向かう店を教えた、と。でなければこんなタイミングで現れはしないだろう。

 少年には見覚えがある気もしたが、はっきりとは覚えていない。
 どういう知り合いなのか訊いてもよいだろうか。
 言葉で訊くのも無粋なので、目線だけで訊ねてみたら、少年はもう一度頭を下げながら言った。

「始めまして。竜ヶ峰帝人といいます。静雄さんの高校の後輩で、親しくさせて貰っています」
「俺は田中トムだ。静雄に仕事を手伝って貰ってる」

 どうやらこの大層な名前の少年は、空気を呼んだり心情を察したりという能力には不足していないようだ。
 トムは心の中で頷いた。
 静雄には備わっていない能力だ。きっと彼は人生を有利に送ることができるだろう。

「いや、静雄にこんなに可愛い後輩がいたとはな」
「――っス」
「これからお昼ご飯ですよね? 出直してきた方がいいでしょうか?」
「いや? コイツ連れてってもいいし、一緒に食ってもいいし。俺のことは気にしないでくれていい」
「――静雄さん?」

 窺うように静雄を見上げる。
 といっても媚びるような感じではなく、小動物のような仕草だ。
 自然に気遣いができるところにも、トムは好感を抱いた。

「あー……じゃ、ここで食うか? つか、帝人はメシ食ったのか?」
「まだです。ではご一緒させて下さい」

 にこりと笑うと帝人は率先して店内に入った。

 静雄と帝人のふたりが行列に並ぶと、先に並んでいた客達はぎょっとしたように背の高い男を見上げて左右に散った。結果、行列がひとつ消滅した。
 普段は露骨な反応を避ける池袋人達も、平和島静雄+首輪という組み合わせには動揺したらしい。

 目を丸くしている帝人を促して静雄は前へと進んだ。
 こういう場合、さっさと用を済ませて退く方が周囲も落ち着くし静雄もイラつかされないと経験上知っているからだ。

 0円の笑顔を引きつらせている店員の前に立ってメニューを眺めるふたりは、当然のように並んで立っている。

「なに食う?」
「僕はハンバーガーとコーラで」
「それだけか? もっと食え。そんでもっと太れ」
「充分ですよ、消費カロリーが少ないですから。静雄さんは好きな物を頼んで下さい。ここは僕が払いますから」
「――ちょっと待て。俺が奢るって言っただろ? 少なくとも向こう半年は俺が食費を持つ」
「多すぎです。それにこの場は僕に払う責任があります」

 仲睦まじく並んでメニューを見ていた筈が、何故か言い合いに発展している。
 真後ろに立っていたトムはおやおやと思っただけだったが、真正面に立たざるを得ない女子店員は完全に腰が引けていた。喧嘩人形が目前の至近距離でキレて暴れ出しでもしたら、下手をすれば生命の危機だ。不安にもなるだろう。
 静雄の声に険悪なものが微塵も混ざっていないことに気付けない者の不幸だ。

「なんだよ、責任ってなぁ」
「食事の世話をする責任、ですよ。それとも今、外しますか? でしたら奢って貰うこともできますけど」
「――~~っ、昼休み、終わるまでは――」
「でしたらここは僕の奢りです」
「――いや、でもそれは――」
「はいはい、そこまで。ここはおいちゃんが奢ったげるからね。おねーさんも困ってっだろ。静雄もそれでいいな?」

 前に立つふたりの肩を軽く叩きながらトムが言ったのは、本当は店員や客に迷惑が掛っているからではなかった。
 一見もめているように見えて実際はいちゃついているとしか思えない、意味不明の会話が痒くて仕方がなかったからだ。

 恐縮する帝人を促して席を取りに行かせると、静雄と自分の分を合わせてオーダーする。
 すんません、自分の分は払いますと言う静雄も、帝人君に言いつけるぞと宥めればあっさりと引いた。

 三人前の昼食は、ひとりが男子高校生とは思えない程少食な為にふたつのトレイに収まった。
 帝人の待つ席まで移動する間、訊くならば今しかないと思ったトムは、さり気なさを装いつつ勇気を振り絞って言ってみた。

「首のソレ、帝人君からのプレゼントなのか?」
「っス」

 静雄はあっさりと肯定した。隠す様子も照れる様子もない。
 むしろ自慢げというか誇らしげにトムの方を向いて訊ねた。

「どっすか? こーゆーの俺、よくわかんねぇんスけど、おかしくないっすか?」
「いや? おかしかないさ。帝人君が選んでくれたのか?」
「っス」
「だったら悪い訳ねーべ」
「すよね」

 素直にこくりと頷く静雄はまるで従順な大型犬だ。
 そんな可愛らしいものではないことをよく知っているトムですら、妙な錯覚をしそうになる。

「静雄さん、田中さん、こっちです」

 帝人は窓際の四人掛けの席を取っていた。
 前を歩いていたトムは帝人の向かいの席に座った。
 当然、後ろを着いてきた静雄は自分の隣に座るものと思っていたが、まるで当たり前のように帝人の隣の席に着いた。

「ほらよ」
「ありがとうございます。田中さん、ご馳走になります」
「なります」
「いいって、そのぐらい。学生さんは大人に甘えときなさい」
「はい、ありがとうございます、いただきます」

 はむはむとハンバーガーを齧る姿はやはり小動物っぽい。
 左に大型犬。右に小動物。
 目の前に並ぶふたりに、トムはなにやらほんわかした気持ちになった。
 大型犬に首輪を着けたのが小動物だということを知らなければ、もっと和むことができたに違いない。

「静雄さん、午前中の仕事はどうでしたか? なにか壊したりしましたか? ソレは迷惑になりませんでしたか?」

 食事中の会話としては不穏な話題を持ち出す帝人に、静雄はもりもりと目の前の食料を片付けながら応じる。

「なにも壊してねえし、怪我もさせてねえ。ね? トムさん」
「お? おお、今日は頑張ったよな、静雄は。キレなかったし暴れなかった。おかげで昼前に三件ってのは、滅多にない良いペースだべ」
「そうなんですか。偉かったんですね、静雄さん」
「おう。コレも構わねえって言って貰えたし。ね? トムさん」
「ソレか? ああ、うん、そうだな」

 トムは表情を作り損ねていないか気にしながら頷いた。