いつまでも、君が怖い理由
5
「じゃあ、失礼しますね」
リングを嵌めた獄寺くんの指が、俺の髪を撫でていく。
くすぐったくて目を細めると、すぐ近くの顔が微笑んだ気配がする。
「……楽しいの?」
「いえ、十代目がお可愛らしくって つい」
「かっ…可愛いって、俺は男だよ?!」
そりゃあ、さっきは君の事可愛いとか思ったけど…!
でも、君にはふわふわの耳があるんだ。仕方ないじゃないか…!!
「勿論存じていますよ。十代目は、最高にシブくて男らしいです。でも、俺の事撫でて笑ってる十代目とか、今こうして目を閉じているお姿は…やっぱり、可愛いっす!」
「そ、うかな…?」
「はいっ!」
獄寺くんは、本当は分かってるんじゃないかって思う時がある。
俺がどれだけ、その声と顔に弱いのか。だって、心の底から嬉しそうなんだ。俺にだけ見せてくれる、特別な顔。
「…ありがとう、獄寺くん」
閉じていた目を開くと、そこには思っていたよりもずっと近くに獄寺くんの顔があった。
グリーンの瞳と、きらきらの銀髪。獄寺くんは、どこも綺麗。その後もぼんやり見つめ続けていたが、さらに近づいてきた唇の感触で俺はようやく我に返った。
「ご、獄寺くん…っ!いま、キ…キス…?」
「――――っ、すいません!向こうじゃ挨拶代わりなもんで…!」
「あ、そ…そうなんだ。挨拶、なんだ…」
確かに、唇が触れたのは一瞬だ。
近づいてきた獄寺くんから、なんだか良い匂いがして、何の匂いだろうと考えているうちに全てが終わっていた。でもこれ、俺の…ファーストキス、だったりするんだけど…。
「すいません、十代目!!」
獄寺くんは俺を撫でる手を止め、床に額をつけそうな勢いで謝罪を始める。
あーあ、結構気持ち良かったのにな、撫でて貰うの。…じゃなくて!
「あー、もう!謝らなくていいから!挨拶だったんだろ?じゃあ、いいよ」
「…ホントっすか?」
「うん。別に嫌じゃなかったし。それに獄寺くん良い匂いがするよね。香水、つけてるんだ?」
ただ思った事を告げただけなのに、獄寺くんの頬がどんどん赤く染まっていく。
俺、変な事言ったかな…?
「い、いやじゃな……っ、あっ、そうです。向こうの香水なんですけど、お気に召したなら是非プレゼントさせてください!」
「あ、いいよいいよ。俺が付けたって母さんにからかわれるだけだし、それに…あれは獄寺くんがつけてるから、良い匂いなんじゃないかなぁ」
吸っている煙草に、微かに香るシャンプー。
それと香水が合わさって、すごく良い匂いになっている気がする。
「俺、獄寺くんの匂い好きだな」
「っ…!十代目…!!」
「なに?」
「そ、その…。もしお嫌じゃないんでしたらで構わないんですが、これからまたあの挨拶…させてもらっても、いいですか?」
「………誰もいない所だったらね」
「…っ、はい!!」
こうして、俺達の間には二人だけの約束が出来た。
思えば、獄寺くんとした約束は、これが初めてだったかもしれない。
「あ、その時は耳、撫でさせてね」
「……は、い」
二人揃って真っ赤になった約束が、実はとても恥ずかしいと気付くのは、それから大分先の事。
作品名:いつまでも、君が怖い理由 作家名:サキ