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いつまでも、君が怖い理由

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さよなら、昨日


俺は一つ、嘘を抱えている。

今まで、幾つもの嘘を付いてきた。
それを別段悪い事とは思っていない。生き延びる為に必要であったそれを撤回してまで潔癖に生きるつもりなどなかったし、馬鹿正直に生きて早死にするなんて真っ平ごめんなのだから。

「……獄寺くん、その…誰もいないけど……」

ただ、

「―――っ、ハイ!失礼します、十代目」

「…ぅ、ん」

ただ、嘘をついた相手が、お可愛らしく目を伏せるこの人であるというのが問題なのだ。
時間が経てば経つほど、撤回が難しくなり、罪悪感も増すと言うのに――俺は、こうしてキスをする事が出来る日常を葛藤の末選んでしまっている。

「おはようございます、十代目!」


後悔と、罪悪感。
それでも、触れた唇の柔らかさばかり思い出す自分に、自己嫌悪。その、繰り返し。


(ちくしょう…何でこんな事になっちまったんだ…!)


事の起こりは数日前。
俺にモサモサした犬みてーな耳が生えてるのが見えると、おずおずと撫でて下さった十代目の、あまりのお可愛らしさにイカれちまった理性。気付けば俺は、十代目にキスしていた。暫くして俺の口から出たのは"向こうじゃ挨拶"という何とも安っぽい嘘だった。マウストゥマウスのキスを、挨拶でしでかす程、俺はフランクな人間じゃない。せめて頬だ。大体ヤローになんか手にだってしねー。してたまるか!―――つーのが、今までの俺だったんだけど、十代目は別だ。許して下さるなら、足の先から、頭の先までキスを落としていきたい。俺がどれだけ十代目を尊敬し、十代目の為なら何でも出来るし、何でもしたいと考えていると、伝える事が出来たらいいのに。



「………やっぱ、恥ずかしいね」

照れくさそうに目を背けた十代目を見ると、目の前が青くなる。

「お嫌ですか…?」

十代目はお優しいから。
シブくて格好良くて、可愛いだけじゃなくて優しいなんて、どこまで完璧なんだと聞きたくもなるが、それが俺のただ一人のボスだ。他はいらねぇ。この人だけでいい。

だから、この人に辛い思いなど決してさせたくない。

「十代目が嫌悪感を抱かれるなら、もうこの挨拶は――

「嫌なんかじゃないよ!」

「え…?」

大きな声に、何人かの生徒が空き教室に注目した気配がする。
誰か来たら、この空間は俺達のものではなくなってしまう。

それは、嫌だ。
だって、ここは――俺と十代目が、はじめて…

「……………え?」

ふんわりと触れた、柔らかい十代目の唇。
はじめて、十代目から触れて下さったのだとしばらくしてから気が付いた。

「…じゅーだいめ?」

「えっと、その…、俺からした事なかったから、そういう事思うのかと…あの、だから嫌じゃないからね?! あと、おはよう、獄寺くん!!」

そう言うと、教室を慌てて出ていく十代目。
後を追おうとして、この緩み切った顔で外を歩くのは不味いのではないかと思い直す。

その場にしゃがみ込んで、真っ赤な顔をしていた十代目を思い出す。かわいい、可愛い。とても、愛しい。


「――――大好きです。十代目」

誰かをこんなに好きになれるなんて、俺は今日まで知らなかった。








さよなら、昨日/end


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作品名:いつまでも、君が怖い理由 作家名:サキ