心中日和
俺たちは言葉を交わすこともないうちに、熱烈にお互いを愛した。
俺は、今まで生きてきた柳生のいない日々を忘れた。
俺の人生は柳生と出会ったときからはじまったのだ。柳生の存在しない世界でどうやって俺が生きてこれたのか、今はもうどうしても思い出せない。
恋愛関係は、半年ほど続いた。
よくもった方だと思う。本当に、よくもった。
多分はじめのうち俺たちは、お互いに夢中なあまり、世の中に人を愛する以外のことがあるということを忘れていた。
口をきく必要もなかった。側にいる必要もなかった。互いの性格や趣味や、そんなものを知る必要もなかった。
恋というものは恐ろしいほど簡単な材料でできる。
触れる必要もない。知る必要もない。相手を見る必要すらない。
そんなものが何ひとつなくても俺は柳生でいっぱいだった。
苦しいほど。息ができないほど。死んでしまうほどに。
けれど、だんだん現実が見えてきた。
俺たちは、世の中が愛だけで動かない、というか、愛では動かないことに気づいた。
思い出した、といったほうが近いかもしれない。
俺たちの生きて暮らしているのは、「現実」だった。
けれど人を愛するということは、
心の底から人を愛するということは、
その相手以外の全てと適合しなくなり、相手以外の一切を拒絶するということに近かった。
それは恐ろしいことだった。
俺も柳生も、なるべく友人や家族や、そういった今まで自分の大事にしていたものや築いてきたものを守ろうとしていた。今までと変わらぬ関係を保とうとした。何も変えずにいようと努力を続けた。
俺は今まで以上に友人を大切にし、家族と平和に過ごし、学校生活を楽しもうとした。
なるべく柳生のことを考えまいとした。常に忘れていようとした。関わりなどないようなふりをした。
しかし不可能だった。
そして、柳生も俺と同じだった。
互いに目も合わせなかったが、同じレギュラーということで、多少は一般の部員同士よりも距離は近い。
相手の言葉の、態度の、空気の端々から、自分が相手を愛するのと同じほど深く、真剣に、相手も俺を愛しているのだということが感じとれた。
それはまるで確信だった。
自分の一人よがりではない、という安心で俺はますます柳生を好きになり、柳生も、何ひとつためらうことなく俺だけを見て俺だけを愛した。