心中日和
なにか嬉しそうでもあった。
柳生がそんなふうなので、俺まで少しいい気分になった。
ああ、断然そのほうがいい。しませんかなんて、そんな頼むような、伺うようなのじゃなくて。
俺は笑った。
柳生も笑った。
俺と柳生は趣味が違った。
好みが違った。
見てきたものや持っているもの、興味のあるもの、すべてが違った。
世が世なら氏から育ちまで違っただろう。
共通点はひとつもなかった(テニスが好き、ということくらいか?)
たとえどうにかこの瞬間をやりすごしすべての艱難辛苦を乗り越え奇跡的に誰はばかることなく一緒になったとしても、幸せになれる気はしなかった。
自分が幸せになれない相手にでも恋はする。
自分が幸せにできない相手にでも、自分を幸せにしてくれない相手にでも、どうしようもなく、恋はしてしまうものなのだ。
柳生は、ゆるく口端をあげた。ゆっくりと目を細めた。
俺はその顔を見て、ああ、幸せを感じた人間とはこんな顔をするのかと思った。それは、満足するまで餌を食ったあとひなたに寝転がった猫に似ていた。
柳生はかすかに首をかしげ、一度目線を下に落としてから、また俺を見た。
「ずっと、あなたと話すことを考えていました」
その声にまで、満足や幸福や、そんなものがあふれていた。俺はうなずいた。
「ああ」
「とても不安だったのですが、思ったより、うまくできたようです」
「そうじゃな」
とっくに心では認めていた。
この相手以外に何もいらないと、理解していた。俺は柳生以外を求めない。
それを現実に、実行にうつすまで半年かかった。
半年かかったというべきか、半年しかかからなかったというべきか。
柳生以外何もいらないので俺は死にます。
なぜかというと、このままあと一秒でも生きればそれだけ、柳生でないものと触れ合うことになってしまうから。
誰か一人くらいには何か告げてゆくべきかと思ったけれど、こんな理由では言い出せないなと思った。
くつくつと笑う俺を、柳生は不思議そうに、けれど愛しそうに見ていた。俺もそんな柳生が好きで好きで、愛しくてたまらなかった。
一言口をきいたくらいで、何もかも溢れて止まらなくなってしまう。
ああ、ダメだ。このままでは誰かに気づかれてしまう。
思ったけれど、全てが今日で終わるのだ。