心中日和
そう思えば、あと数時間、何人かに俺たちが愛しあっていると気づかれてもかまわない気はした。
俺たちは付きあっていた。
自分たちの頭の中だけで。
俺たちはとても離れてはいられなかったが
実際問題、離れて暮らすことしかできないだろう。
もしかして俺たちは離れないためではなく
ひとつになるために死のうと思ったのかもしれない。
死ぬことは怖くはなかった。
柳生が隣にいればなおさらだ。
今までの十四年間そうだったように、俺はこの期に及んでも、自分と死ほど縁遠いものはない気がしていた。
俺たちは、誰にも邪魔されない二人だけの世界にいって、ここからはいなくなる、それだけ、そんな。
ただ旅に出て、もう帰らない。死ぬのではなく、ふっと消えるだけだというような。
だから、怖くないというよりは、理解していないというほうが正しいかもしれなかった。
それよりも、俺は柳生がこんなに近くにいるということに緊張してしまって、三回も勇気を出したのに、柳生の指先に触れることもできなかった。
もうみんなそれぞれの教室に戻っていて、廊下にほとんど人はいなかった。
柳生は辺りを見回すこともなく、ただ声だけは少し低めて、荷物を持っていくかと尋ねた。
その間ずっと柳生に触りたいと思っていた俺は、そういう難しい質問に答えられるほど頭に余裕が残っていなくて、必要以上にぶっきらぼうにどっちでもいい、と言ってしまい、自分の声にそっけなさに自分で驚いた。
柳生はそんな俺の葛藤など知るはずもないので、少し困った顔をした。申し訳なさそうに小さな声で、ごめんなさいねと言った。
俺はどうしたらいいか分からなくなって、もごもごと口の中でああとかいやとか言っていた。
結局、柳生は一度教室に戻り、財布だけを持ってきた。
俺は手ぶらのまま廊下で柳生を待っていた。
裏門から抜け出し、誰かに追われやしないかと少しばかりは後ろを気にしながら、それでも二人でてくてくと駅までを歩いた。
悪いが降りるときに金を貸してくれ、と言いながら、改札に定期を飲ませた。
柳生はおかしそうに、ええ、返すのはいつでもいいですよ、と答えた。
俺は笑った。
ああ。
(柳生柳生柳生。俺お前にキスしたい。)
何か底の知れない不安が背中にぴったりと張りついているからか、俺は頭がおかしくなるほどハイだった。