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心中日和

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 柳生も俺につられて笑った。
 その声は、さらに俺をぐらぐらとさせた。
 柳生と話したということ、柳生と歩いたということ、柳生が近くにいるということ、これから二人だけで長いこと電車に乗ること、そしてそのまま死ぬこと、
 ひとつひとつが俺を興奮させた。ひとつひとつが、俺の足をふわふわと、まるで雲の上を歩いているようにした。ひとつひとつ、が、今まで経験したこともないような特殊な、異常な、ものすごいことだった。
 怖かった。から笑い続けた。
 俺の不安と高揚は、ほとんどピークに達していた。
 柳生も笑っていた。
 死ぬのは怖くない、はずだ。
 これから自分がどうなってしまうのか分からなくて、それが怖い。
 ということは、結局死ぬのが怖いということなのか?自分が終わらせる未来が怖いのか?それともただ、先の見えないことが不安なのか?
 俺はひかえめにいってあまり頭がよくないので、そういう複雑なことはわからなかった。
 ただこの恐ろしいほどの焦燥や興奮は、恐怖の裏返しなのではないかと思えた。
 柳生は何と思っているのだろう。
 ホームにすべりこんでくる電車を見つめる柳生の顔には、不安も恐れも何もないように見えた。
 怖くもないし、うれしくもないし、楽しくもない、ただ当たり前のことをしているような、いつもと同じ顔。
 俺だけが弱虫のようだ、と、少しつまらなかった。
 柳生、怖いか、と、空いたシートに座りながら聞いた。なるべくさりげなく。
 柳生は、友人程度の親しさを置いた距離に腰をかけ、
 そりゃあ怖いですよ、死ぬんですもん、と平然と返した。
 俺は、ああ、こういうときに怖いと言ってもいいんだ、なんて、そんな変な安心をした。
 そして、俺の弱音に柳生が気を使ってくれたのではないか、と思うと同時に、柳生は苦笑しながら
「でも、あなたが隣にいるという事実のほうにはしゃいでしまって、死ぬとかそういう、なんというかそんなことは、もう、……一時間後のことも一分後のことも、どうでもいいです」
 と続けた。
 俺は目を丸くした。
 ふうん、とか、へえ、とか、そんな声を出して、俺はなんでもなさそうに何回か頷いた。柳生はあしらわれたと思ったのか、少し照れて、それを怒ったような顔にかえて前を向いてしまった。
 俺は、ああ、また失敗したかなと思ったが、弁解はしなかった。
作品名:心中日和 作家名:もりなが