思い出にさえなりゃしない。
血の気が引く、たぶん、あれがそうだったんだろう。
3日前に帝人くんのケータイに連絡しても連絡がつかなかった。
そんなことは今までもあった。けれどたいていその日のうちに『スイマセン!』と帝人くんから折り返しの連絡がきていた。
今までは。
だから次の日になっても連絡がつかないことに、言いようのない不安は感じていた。
「ああ、そういえば帝人くん事故にあったんだって?」
眼鏡の胡散臭い白衣の友人にそう言われたのが昨日の夜。
「・・・。」
「どう?大したことの無い怪我だった?」
何も言わない俺に、彼は軽い調子でそう聞いてくる。
ちょっと待って、何それ。
頭が言葉を理解し始めると同時に目の前がグラリと揺れた。
「…いつ?」
「え?」
「いつ、事故…。」
「え?知らなかったのかい?」
そんな心無い彼の一言がますます俺の心を傷つけたのは言うまでも無い。
その日のうちに病院に駆け込もうとした俺は彼に止められた。
とっくに面会時間なんて終わってるって!
そう言われて、そんなことはわかってても止まれなかった。
なんで、情報屋の俺がそのことを知らないンだよ!!
誰にこの苛立ちをぶつけたら良いのか分からず、俺は昨晩、これでもかってくらい暴れてやった。
おかげで、最悪なことにシズちゃんと鉢合わせして、ちょうど良く暴れられたけど俺も無傷では済まない。
「…そんなんじゃ君も入院しちゃうんじゃない?」
そう白衣の友人には笑われたけど、確かにこれで入院出来たらいいかも。
ベッドは絶対帝人くんの隣に置いて貰おう。
「俺は帝人くんが死んでも、思い出したりなんかしないから。」
ベッドに横たわって、思ったよりも体のあちこちを包帯だらけにした痛々しい姿の帝人くんに、俺はそう言い放った。
見舞いに来て第一声がそれってのもどうかとは思うけど、紛れもない俺の本音だ。
帝人くんは抗議するわけでもなく「はぁ。」と頷く。
何それ。
帝人くんのベッド脇に座って、誰かの見舞い品であろう林檎をむく。
口を開けば酷いことを言ってしまいそうで、俺はただひたすらに口をチャックしておいた。
いつものからかい口調で喋れればいいんだけど、今日はそうもいかない。
モヤモヤと腹の底にたまる黒い物をどうしたら消化出来るのかわからない。
ああ、もう。
林檎はあっという間にむき終わってしまう。
林檎を持って帝人くんを見た。一週間ぶりにまともに見る帝人くんだ。
顔にも軽い擦り傷を負ってる。直視出来なくて何度も林檎へ視線を戻した。
なんでよりにも寄って犬なんか助けちゃうわけ?
もしこれで帝人くんが怪我じゃなくて死んでたりしたら、俺はこの世の野良犬全部を呪い殺さなきゃいけなくなる。
馬鹿だよ、本当にもう。
「はぁ〜〜〜〜。」
思わずため息まで出た。
なんか一気に疲れた。安心すると疲れるって言うけどあれはほんとだね。
この病室に来て帝人くんの姿を見るまで俺は呼吸さえまともに出来なかった。
やっと肩の力が抜けた。
「…おつかれですか?」
はい?
今、この馬鹿はなんて言った?
おつかれですか?
まさか俺に疲れてるかどうか聞いたわけ?
「・・・誰のせいで俺が疲れてると思ってるの?」
自分で思うよりもさらに冷たい声が出た。
帝人くんがあからさまに怯えた表情を浮かべる。
あ、マズイ。
止まらない。
「帝人くんてさぁ、ほんとに救いようのない馬鹿だよね。」
「…そう、です、かね。」
「そうだよ。」
声を震わす帝人くんに即答してしまった。
あー、もう!
こんなこと言いに来たわけじゃないんだよ、俺は!
グシャリと手に力を入れたら林檎が潰れた。
帝人くんが驚いたように俺の手を見る。
いやいや、今は俺の手じゃなくて俺の方を見て欲しいんだけど。
林檎なんかまたむいてあげるし。
俺がどれだけ心配したか、君はわかってなさすぎるんだよ!!
握っても握ってもまだ力が余って掌に爪が食い込むのも気にせず俺は力を入れ続け、帝人くんを見つめた。
作品名:思い出にさえなりゃしない。 作家名:阿古屋珠