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グンジルート捏造

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「よォ、猫ちゃん」
まるで知己のごとく、気安げに声を掛けてきたのは思いがけない男だった。
「……俺のことか」
思わず聞き返したアキラに、男がひらりと手を振って返す。
「今ココに、お前以外に誰かいるってンなら紹介してほしいモンだなァ…?」
「…………」

黙り込んだアキラへ、処刑人のもう片方、キリヲが皮肉げな笑みを浮かべた。笑うと犬歯が剥き出しになる。何やら馬鹿にされたのかもしれなかったが、どうも怒る気にはならなかった。
「処刑人がいったい俺に何の用だ」
「用がねえと会って頂けねえのかァ?」
「…別に」
どうでもいい。そう言ったアキラに、何故かキリヲがふぅんと笑った。
「そらお前の十八番か?」
「……は?」
「どうでもいいって言いたいのか?言わなきゃやってられないのか?」
「…………」
「――ま、どっちでもいいんだけどよ……?」
キリヲは鼻を鳴らすと、頭のてっぺんから爪先まで品定めするようにアキラを見た。それから鉄パイプを引きずりながら、僅かに開いていた距離を縮める。指先でアキラの顎を掬って顔を覗きこみ、グンジがしたように表情を消した。ああ、と僅かに首肯して、顎から手を離す。
「……何だよ」
思わずアキラは口調に角を立てる。キリヲはアキラを見て瞬きすると、唇に冷ややかな笑みを乗せた。こんな笑みもできるのか、内心ひやりとする。

「いけすかねえ目ェ、してやがるなァ?」

抉ってやろうか。事も無げにキリヲは問った。いや。キリヲはすぐに、自らその言葉を否定し、 顎に手を当てて小さく唸った。
「おい、解るように説明しろ!」
アキラが痺れを切らして声を荒げる。しかしキリヲは再び冷笑で答え、

「おいジジ!こんなとこで油売って……、」
角から現れたグンジは、キリヲの横に立つアキラを認めるやいなや、はた、と動きを止めた。しかしすぐにはっとして毒吐くと、キリヲへ抗議めいた視線を向ける。
「ジジ、ンなんほっとけよ!」
「わァってるよ」
グンジの言葉にキリヲが追い払う動作をして答えた。
「話がまだ……」
「俺たちはァ」
キリヲが鉄パイプを肩に掛けて、なんともだるそうにアキラへ視線を向けた。もうアキラへ完璧に興味を失っている。
「死にたがりに構ってやるほど優しくねえんだよ」


***


――"死にたがって"いる?
「……俺が、か?」
困惑を隠せない声でアキラはひとりごちた。

沈み行く夕日は血の色をしている。夕日の眩しさに目蓋を伏せると、その裏まで血の色に染まった。堪らず目の前を掌で覆って、ビルの影へ早足に入り、壁に肩を付け息を吐く。足がだるい。今日は一日歩きづめだった。何かから逃げているのか、というほど歩き続けている。何かって何か?――現実だろうか。アキラは唇を歪めると、肩を離して歩き出した。
無意味だ。歩き続けることに意味がないことはアキラ自身が良く解っていた。死にたがっているんだろう。キリヲが口にした言葉が頭を回って、アキラは不機嫌に呻いた。
俺は本当に、死にたがっているんだろうか。ここのところずっと、自分に問い続けている。しかし答えはでない。無意味に歩き回って自分を疲れさせ、わざと思考能力を低下させていることもその要因だろうと思われた。
生きていく上での目的は喪われた。そう思った。目的もなく生きることは、死よりも辛い。そうも思った。だからと言って、死にたがっていると直結するのは何か違っているような気がした。

「………?」

ふと聞こえた水音にアキラは足を止めた。どうやら水溜まりでも跳ね上げたらしい。アキラは視線を地面へ落として、もうすっかり見慣れた情景に息を吐いた。

足下には確かに水溜まりがあった。血を水の一種と取るなら、間違いなく。
ただでさえ薄汚れたスニーカーの底が赤くなり、足踏みしてみると地面に足跡がくっきり付いた。
…こんな目にあったのは俺だけじゃないらしい。アキラはもうすっかり麻痺してしまった感覚で笑う。アキラのと似た、しかしそれよりサイズの大きい足跡は広い歩幅を点々と残し、日光の射さない路地裏へと続いていた。
――行ってみようか。
何故そう思ったのか、それをはっきり理由付けることは出来なかった。何となく、誘われているような、呼ばれているような、そんな不可思議な心持ちでアキラは路地裏へと踏み込んだ。

俺が来るほんの少し前は、阿鼻叫喚だったのだろう。そこはアキラにそう信じさせるような状況であった。
そこここに転がる死体はみな苦悶の表情を浮かべ、みな出血多量のためか顔面蒼白になっている。あらぬ方向へ向いた手足や首。撒き散らした臓物を元に戻そうとしたのか、自分の腸を掴んだまま生き絶えているものもいた。死体から離れたところに、ぽつんと転がっている腕の断面の脂身の白さ。

これが"死"だ。誰にも等しく訪れるもの。そしてこれが、俺が望んでいる――もの?

「生きたいって」

心臓が止まりそうなほど驚いた。……止まったら死ねるな、そう思ったのは誰だ。俺か。
声がした方に目を向けてどきりとする。そこには、死体と見まごうほど血に染まったグンジがいた。どうやらこの件の下手人はこいつであるらしい。アキラは何も言わぬことで、グンジに言葉を促した。感情のこもらない声でグンジが言う。
「生きたいって、……言ったぜ、こいつら」
グンジが死体から腰を上げた。指の先から血がぱたぱたと落ちる。アキラは思わず身構え、秘かにナイフへと手を伸ばした。
「自分達から襲って来やがった癖に、返り討ちにされるかもしれないことは判ってた癖に、それでも生きたいって言ったぜ。逃げようとしたし、命乞いまでした」
「どうして」
……そこまでして生きようとする。
アキラの気持ちを汲んだグンジが嘲笑を浮かべた。それでいながら、憐れむようにも聞こえる声色でグンジは答えた。
「生きるのには理由が必要なのか?目的が必要か?誰かから認められるような、高尚な目的がないと生きてちゃいけねえの?」

アキラには何も答えることが出来なかった。反論することも同意することも躊躇われ、ただ教鞭を受けるように黙っていることしか出来なかった。
「そら、みっともなかったぜ。無様だったぜ。目を逸らしたくなかった訳じゃねえ。もし俺とこいつらの立場が逆だったら、俺がそうしたかは良い意味でも悪い意味でもわからねえけど。それでも、生きたいって思えるこいつらはお前よりよっぽど、高尚だった」

……何言ってんだろなァ。グンジは誤魔化すように言うと、血を滴らせながらアキラの横を通り過ぎた。吐き気を催すほどに血が香る。
「お前は」
グンジが足を止めた。アキラは振り返らずに言葉を続けた。
「"何のために"――生きてる?」
しばらく沈黙があった。アキラは身動き一つせず答えを待った。羨ましげに死体がこちらを見ているように見えた。沈黙を破り捨てるようにグンジが笑った。何かある種の朗らかさを含んだ笑い声だった。

「生きてえから生きてンの。他に理由が必要か?」





作品名:グンジルート捏造 作家名:みざき