グンジルート捏造
「よう、アキラ。元気にしてる?」
あいつが唇を笑ませ、目配せでもするようにゆっくり瞬きした。
「笑ってる?怒ってる?泣いてる?苦しんでる?」
なんちゃって、とあいつは下卑た笑い声を立て、アキラへ向け小さく手を振った。
「好きだよアキラ。お前は俺のもんだよ。誰にも渡さねえよ。お前は俺の友達だろ?なあ?」
あいつが顔に自嘲するような色を浮かべた。
「アキラは友達を裏切るようなことはしねえだろ?俺を裏切らないだろ?……だって」
「やめろ」
「だって、なあ?」
「やめろ!」
ケイスケが嗤った。その唇から一筋、赤黒い滴が垂れた。
「俺を殺してでも裏切らなかったんだろ?」
そこでアキラはやっと目を覚ますことができた。アキラはしばし放心すると、頭を押さえて小さく呻いた。寝ている間にかいた嫌な汗が気持ち悪い。考えたくないと思っても、思考は自然と先程の夢へ向かう。
ケイスケ。…一体どうしただろう。
アキラはケイスケが死んだだろうことに気付いてはいた。ただ、信じたくはない。アキラの血を飲んだ後走り去ったケイスケは、まだ生きていると信じたかった。
無理だろう。
自分の冷静な部分が囁く。
さっさと死んでしまえ。
アキラは呻きを漏らすと、掌で顔を覆った。自分でも、自分がどうしたいのか、どうすればいいのかわからなくなっていた。殺人の重みは死んでしまいたいほど重い。だけれど、死ぬのは怖かった。死んだらどうなるのか。何をするにも欠かせなかった生が、欠かれたらどうなるのかわからなくて、恐ろしくてしょうがなかった。
死にたい自分と死にたくない自分の二律背反。いや、きっと生きていたいんだ。きっと、そうなんだ。
…でも、だったらケイスケはどうなるんだ?俺に理不尽な死へ突き落とされたケイスケは?ラインを使ってまで生きようとしたケイスケを、俺は望むにしろ望まないにしろ殺したじゃないか。
失って初めて気付いた、ケイスケとその命の重み。
あいつが俺の価値だった。何もない俺を頼って、慕ってくれた。流されるように生きていた俺を、繋ぎ止めてくれた唯一のものだった。
「………け、」
外ではぜた爆音に、アキラは舌を噛みそうに口を閉じた。爆音は、喧騒だ。数々の叫び、呻き、怒声が爆音を作り出している。混じってぱらぱらと聞こえてきたのは銃声だった。
「何、が」
アキラは痺れたように動けなくなった体で、その言葉を絞り出した。その間も喧騒は収まらず、それどころか酷さを増している。アキラは軋む体を無理矢理に起こし、ナイフだけ掴んで外へと飛び出した。
アキラが地面に踏み出した時、喧騒は既にそこにはなかった。喧騒の"残りかす"がちらほら転がっているだけだ。銃創を確認せずとも、空気の匂いだけで死因は判った。
「――戦争か」
アキラは吐き捨てるように呟いた。長年のCFCと日興連の対立からして、いつか起きることだとは判っていたが、まさか今日とは。
「くそっ!」
アキラは自分でも何に苛立っているのか解らないまま毒吐くと、どこへともなく駆け出した。あてはない。ただ、じっとしていられなかったのだ。
足を進める度大きくなる悲鳴と銃声。アキラはすくむ心を奮い立たせながら喧騒の中心へと向かう。
――もしかしたら、
障害物を乗り越えながらアキラは走る。
――もしかしたら、ケイスケが、
「おい」
思考に水を注されて、アキラははっと振り向いた。
「死ぬ気か?」
ジャケットから滴るほど血を浴びたキリヲが鼻を鳴らす。
「違う」アキラが言い訳がましく口を開く。
「人探しだ」
「そっちに行ってももう死体しかねえだろうよ」
その言葉に覆い被さるように銃声がまた響く。アキラは焦燥を感じてキリヲを睨んだ。キリヲが下らない、という顔で目を逸らす。
「死体増やして、何になるって言うんだァ?」
まさか忠告でもしているのか。そうされる理由が解らず、アキラは眉をひそめた。こちらを見ていたキリヲの視線がふいに逸れる。続いて聞こえてきたのは、大袈裟なほどの足音だった。
「ジジ!……それと、」
同じく滴るほど血を浴びたグンジが、視線をアキラへと向けた。おう、とキリヲが手を上げる。
「どうだった?」
「あっちは全滅。トシマももう終わりっぽいぜ」
「……終わるってどういうことだ」
口を挟んだアキラへキリヲが答える。
「そのまんまの意味だよ。トシマが終わって、イグラも王もヴィスキオともサヨナラだ」
今度はグンジが口を挟む。
「ジジ、どうする?」
「どうもこうも、くたばる前にさっさとオサラバさしてもらうぜェ」
「あァ、了解」
グンジはキリヲへ頷いて見せると、それからお前はどうするんだとばかりにアキラを見た。アキラは内心どきりとしながら、首を振って見せた。
「俺は、……行かない」
アキラは処刑人から離れるように一歩後退りする。
「人を探してる」
「それで、戦争に巻き込まれて死ぬのかァ?」
キリヲがやれやれと首を振った。
「ヒヨ、どうする?」
「……行かせねえよ」
グンジは手を伸ばすと、痛いほどにアキラの肩を掴んだ。
「離せよ」
「やだ」
「おい!」
「もう死んでる」
「死んでない!」
噛み付くように言ったアキラをグンジは無表情に見下ろした。
「殺したんだろ」
「死体を見てない。生きてるかもしれない!」
グンジが舌打ちした。肩を掴む手に力がこもる。端から見ていたキリヲが溜め息を吐いた。睨むような視線を向けた二人に、肩をすくめて見せる。
「喧嘩も良いけどよォ、」
そこで二人はやっと、銃を持った一団に自分たちが囲まれていることに気付いた。
「騒ぎ過ぎだ」
グンジが慌ててアキラの方を振り向いた。髪が揺れて、その間から瞳が見えた。
「生きたいって言え」
「何……」
「いいからさっさと言えよ!殺したとか殺されたとか置いといて、生きたいか生きてたくないかニ択で!」
アキラは言葉に詰まった。生きてたいと言って良いのか。俺はケイスケを、
グンジが追い討ちをかけた。
「ただし、四文字で!」
「――ぃ」
「あ?」
グンジが目を細める。アキラは一度躊躇うように顔を伏せると、決心を固め顔を上げた。
「生きたい!」
言い終わるか終わらないかのうちに発砲音が響いた。一団の一人が、糸が切れたように崩れ落ちる。
「上出来だァ」
キリヲが銃口から上がる煙を吹いて唇を歪めた。
「銃は禁止じゃ……」
「もうイグラは終わったからなァ。セコいからあんま好きじゃねェんだが」
まァ、生きるためならしょうがねェ。キリヲは腰を曲げると、倒れた死体から持っていたマシンガンを奪い取った。元々持っていた銃はポケットへ押し込みかけ、
「やろうか?」
キリヲがアキラへ首を傾げた。そしてアキラが頷かないうちに、それを放ってよこす。受け取るために後ろへ一歩下がったアキラの肩をグンジが掴んだ。そして銃がアキラの掌に収まるのとほぼ同時に、グンジの片方の手がアキラの足を掬う。キリヲとアキラの視線が絡んだのも束の間、キリヲはマシンガンを胸の前に構え一団の一角へと発砲した。
「ヒヨ!」
「おう!」