どしゃ降りの涙♪
これもアンジェが小さな身体だからだ。きっと飲み切る前に、お腹がいっぱいになってしまったのだろう。
小さい身体は回復も遅い。
可憐なアンジェを見ている内に、ふつふつとジュリアス達に対する怒りが込み上げてくる。
(全く……こんな弱ったアンジェに、あいつらは一体何をさせるんだか!!)
セイランは一枚便箋を取り出すと、さらさらと手紙をしたためた。
『起きたら粉薬と飲みかけのポーションを全部飲んで、もう一度ぐっすり休むんだ。クラヴィス様と一緒に君の手助けに来た。勇者の説得は僕らに任せて、君は疲れた体を癒して早く元気に……大人になっておくれ』
本当はアンジェの負担にならないように、先回りして勇者候補達を説得し、自分達が来たことを内緒にした上、彼女が頼んだから『勇者』を引き受けたという形をとってやりたかった。だが、こんなに爆睡できてる彼女の疲労を考慮すれば、当然二度手間をかけさせるのは忍びない。
手紙を折りたたんで枕元に置く頃、ちょうど良くエア・バイクの爆音が空間を満たした。
ブゥーンと空間がぶれ、先行していた別の部隊が帰還した。ゼフェル達だった。
「ヴィクトールとコレット……只今帰還しました」
バイクに酔っ払ったチビちゃい妖精を肩に担ぎながら、いかつい軍人のヴィクトールは敬礼し、報告に入った。
「勇者候補レイラ嬢は、アルベリックに捕まり、現在レイゼフートの地下牢にて監禁されております。彼女の処刑は明日の朝です」
「なんだって!!」
ちっ!! と、オリヴィエは舌打ちした。
「セイラン!! 直ぐに助けに行くよ!! 彼女が死んだら、アルカヤの未来は……!!」
「オリヴィエ……アルベリックにレイラ嬢の情報をリークしたのは俺なんだ」
ヴィクトールは沈鬱に項垂れている。オリヴィエは『まさかあんたが!!』と驚きの表情を隠せず、口をぱくぱくと動かして固まっていた。
「良くやったヴィクトール。けれど君の正体はばれてないだろうね? 彼女は君と同じく軍人気質だ。命を救われれば簡単に落ちるけれど、僕らの策略が判ればきっと直ぐに離反する。気をつけて」
「セイラン!! あんたって子は!!」
「自分も、こういう卑劣な作戦は、あまり好みません」
「なら他にどんな方法があるっていうんだ? いっとくけれど、誠心誠意を込めればいつかは伝わるなんて戯言だけはよしてくれ。僕には時間がない。アルカヤに降りられるのだって一日だろう。僕にはクラヴィス様と違って、これでもエリミア宮の番人という役目があるんだからね」
非難ばかりの二人を放って、セイランはバイクに跨ったままの親友を見た。
「へへへへ……ロオクの森に、新作の爆弾投下してきてやったぜ。聖母達は慌てふためいて、さっそく勇者候補のセシアっていう女を呼びにいきやがった」
「それは良かった。これで彼女も落ちるね」
セシアは森の女……森から出て、天使に仕えることには抵抗がなく、逆に小さくて頼りないアンジェの助けになりたいと志願してくれた程だという。
ただ、彼女には森の掟がつきまとい、彼女が勇者として森を離れるにはロオクの聖母達の許可が必要だった。
「あんた達、いい訳無いだろ!! ロオクはアルカヤの森の聖地なんだからね!!」
ゼフェルに掴みかかっていくオリヴィエの横で、爆発物のデーターをうきうきと書き込んでいた主任は、主の代わりに嬉しそうに報告した。
「それから、勇者候補……エローラのレグランス王国第二王子。彼の離宮も魔族の襲撃を装ってふっとばしてまいりました。焼け出された王子は兄王の居城に身を寄せております」
「なんだってぇぇぇ!! あの美しい城を壊したぁぁぁ!!」
「煩いよオリヴィエ!! あんまり騒ぐと、エリミア宮の迷宮に送るよ」
彼の背中…しかも心臓の真後ろに銃口を押し当てると、オリヴィエは直ぐに両手を上げ、武器を持っていない事を示しながら大人しくなった。
「よし。これで四人は勇者に落ちたも同然だね。残りの三人はどうだった?」
「ロクスってナンパな野郎は酒場で女と戯れてたぜ。あの生臭坊主が……あれの何処が聖職者だっつーんだよ」
「お前も人のことが言えた義理か? 不良天使が」
「うっせぇオスカー!! 女でしくじったへまなてめぇに言われたかねぇ!!」
喧嘩に突入した主に代わり、またまたエルンストは眼鏡のずれを直しながら報告を続けた。
「クライヴ殿は只今ゾンビハンターとしての仕事の為、スラティナの村人達と会議中でした。フェイン殿はセレスタのギルドで、魔法使い達と協議中です。人目につきすぎる為、手だしができませんでした」
「判った。順番に片付けよう……行くよ」
セイランはゼフェルの後に乗り込むと、皆に出発を促した。
クラヴィスはフクロウを両手で抱えながらロザリアとサイドカーに乗り込んだ。小さくなった妖精達は、おのおのサイドカーの好きな場所にもぐり込んだ(といっても、ランディ始め、殆どがロザリアのスカートに捕まっていたのだが)
「まずはフェスの森だ。セシアから拾っていく」
「了解したぜ!!」
銀色のバイクは音を立てないように浮上を始めた。
それは、一部の勇者候補達にとって、恐怖の大王が降りてきたのと同じぐらいの、恐ろしい悪夢の始まりだった。
★☆★☆★
5
フェスの森では……
「ええ、聖母様から許可を頂きました。それに私……この森を守る為ならば何でもやります」
セシアはピンクの髪を微かに揺らし、つっと背後の森を振りかえった。
焼け焦げた巨木からは、いまだ微かに煙が燻っている。だがその木は形が残っているだけまだマシだったと言えよう。鼻につく焦げ臭さが蔓延する森は、巨人の鉄槌を食らったように大地が半円を描いて抉られ、黒ずみ、火の業火を彷彿させるように剥き出しになっていた。草木は灰となっても形を残し、僅かな瞬間に焼き払われたことを物語っていた。そんな儚い灰のオブジェもまた、風が少し弄るだけで跡形も無く姿を消し去ってしまう。
そんな惨憺たる情景は、ここがどれだけゼフェルの行った襲撃が凄まじかったかを如実に物語っている。
セシアは悔し涙を浮かべ、自分自身に言い聞かせるように唇を戦慄かせた。
「私、この森を焼いた魔物達を絶対に許しません。私、勇者になります。そしてもう二度と森を焼かない!!」
悲壮かつ険しい顔をしたセシアに対峙しても、セイランは表情一つ変えなかった。
「そう。君の覚悟はありがたいね。では、今後宜しく頼む」
「はい天使様!! 何なりとお申しつけ下さい!!」
ゼフェルのバイクに乗っていた者達は、全員セシアに対して多かれ少なかれの後ろめたさを感じていた。クラヴィスのようにポーカーフェイスのできない者達は、あるものはゴーグルで顔を覆い、またあるものはセシアから視線を反らせ、ボロが出ないように口を固く閉ざして俯いている。
振り返ったセイランは、ざっと見回してセシアにつける妖精を選んだ。彼女は最初から天使に心酔していたという。ならば、彼女は勇者の仕事も独自で責任持ってやってくれるだろう。