どしゃ降りの涙♪
「ほら、人手が足りなければ結局子供だって戦場に引き出されるだろう。それとも君は違うと言えるのかい? 何か他に良いアイデアが浮かんでいるとでもいうのかい? それとも、良いアイデアが思いつくまで待つかい? 魔軍が攻めて来ていることが明白なこの時期に、悠長に手立てを探すのかい? そんな風に上の考えが纏まらない時に、魔軍の襲撃を受けたら下々の民はどうなる? 自助努力に任せるかい? それなら何の為に王家はあるのかい? という話になるね」
「…………」
自分が、いまだ無力な十八才だと自覚している王子は、悔しそうに唇を噛み締めた。
セイランは頃合だと悟り、ふわりと身を浮かせ、自分が人ならざるものの証明……ルディエールの瞳を真っ直ぐに覗き込みながら、純白に輝く大きな翼を天に伸ばした。
四大天使に匹敵すると言われたセイランの聖の光が、翼を介してルディエールに示される。
圧倒する白い輝き……室内に雪のように白い羽根が舞う。
セイランは神託を告げるように、重々しく厳かに囁いた。
「ルディエール。君が望むのなら天界は、今できる精一杯で君を援護すると誓おう。魔軍が君の国を侵そうとしても、僕ら天界に住む者達には、人には見えない力も感知できる者がいる。その者がいれば、きっと被害は最小限に食い止められる。君が勇者となり、僕のアンジェの願いを聞いてくれるのなら、僕はそんな妖精を一人、君の守護として置いて行こう」
心の拠り所を得た王子は、歓喜のあまりに拳を振りまわして立ちあがった。
「わかった!! 民の安全と、国を守る為に俺は戦う!! 勇者になる!!……さあ天使様!! 俺に何でも言ってくれ!!」
(――――馬鹿――――)
セイランはそんな心情をおくびにも出さず、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。君のその決意……天はおろか、ここの担当天使のアンジェもきっと涙を流して喜んでくれるだろう」
セイランはルディを激励し称えるふりをしてポンッと彼の両肩を叩くと、例のごとく、妖精を選ぶ為にバイクを返り見た。
途端、≪良くやるぜ……≫と言いたげな寒々しい表情を浮かべていた皆は、セイランのジロリときつい目でハッと我に返り、わたわたと視線をさまよわせだした。
(こいつら……後で締めてやろうか……全く)
ルディの目に届かない所で、冷たい一瞥を面々にくれてやると、セイランはロザリアのスカートにしがみついてふるふる震えているコレットとメルを見比べた。
ルディの様子ならば、全く戦いの役に立たない子供でも大丈夫だと確信していたのだ。彼ならば、責任感も強そうだし、王子だから私軍も持てる筈だ。
後は彼が望むように、敵の出現を敏感にキャッチできれば文句も出まい。
「よし……メル」
セイランはびくびく脅えている赤毛の妖精を摘み上げた。
「ひゃううう!!」
セイランに逆らえば恐ろしいことになる!!
感の鋭いメルはセイランと初対面の時から脅えていた。
ルディにつきつけられたメルは、震える体を叱咤し、懸命にぺこりとお辞儀をした。
「……メルね……い……いっぱい頑張るから………ルディの役に立つよう頑張るから……だから送り返さないでぇぇぇ……!!」
今にも泣き出しそうなメルの風情に、ルディは一瞬面食らったが……。
「ああ。そんなに固くならなくてもいいぜ。俺は怖くないから……な!!」
面倒見の良い彼は、泣かれまいとして、両手にすっぽりと収まったメルの頭を指先で撫で捲る。
そんな健気なメルの風情を見て……ヴィクトールとロザリアはハンカチで目頭を押さえていた。オリヴィエは役得☆とばかりにロザリアの肩を抱き寄せている。
そんなバイクに乗った面々を、セイランは冷ややかな目で睨みつけて威嚇した。
≪全く……こんな時に偽善かい? あんた達、ここでボロ出したら只じゃおかないからね!!≫
どのみちロザリアは『アンジェ激ラブ☆』で、オリヴィエも『ロザリア激ラブ☆』なのだ。セイランがどんなに卑怯な手段を使って勇者候補を攻略していっても、それが最終的にアンジェの助けになると判っているから誰も反対しなかったのだ。言わばバイクに乗ってる面々は、セイランと行動を止めずに共にした時点で、全て『同じ穴のムジナ』になっているのである。
それなのに、今更セイランの手段に顔を顰め、彼に上手く丸め込まれた相手を勝手に被害者にしたてて同情し、『可哀想〜』と涙を流しているなど……これが偽善でなくて、なんと言うのだ!!
アンジェの友人とアンジェを守る妖精でさえなければ……今頃セイランのマシンガンはとっくの昔に火を吹いていることだろう。
セイランは大きく息を吐くと、気を取り直してにこやかにルディに振りかえった。
「メルは子供だけれど、妖精族の中でも特に感受性が強くて占いにも長けてる。だからきっと君の国に危機が起こっても、直ぐに感づいてくれる」
「え…? 本当に?」
ルディは改めてメルを見下ろした。すると彼は、メルが今手に持っている小さな水晶の玉を見つけた。
メルも真剣にコクコク頷いている。
「メルね、星も読めるの。それからね、おまじないも得意だし……他にも一杯色んな事占えるよ」
「それは凄い!! ありがとう天使様!!」
ルディはさっきと全く違う飛び跳ねかねない勢いで、何度もセイランに頭を下げてきた。
(……単純……)
セイランは心で舌を出しながら、優々とバイクに乗り込みシートに身を預けると、もう頭を下げ続けているルディにも目もくれずに次の目的地に行くべく、バイクの出立を命じた。
空にひらりと舞い、王宮が遥か足下になるまで浮上させる。
「ゼフェル……次は……ブレメース島の……」
「ちょっとまったぁぁぁぁ!!」
オリヴィエは等身大に戻り、セイランの首を締めつけた。
「あんたね〜……早くしないとレイラが!! レイラが処刑されちゃうじゃない!!」
セイランは今の恨みを晴らすべく、口の端を少し持ち上げて嘲るように笑った。
「へぇ、惚れたの?」
「な………」
セイランは絶句するオリヴィエの目の前で、レイラの小さなホログラフを映し出した。
「おおおおお!!」
途端、籠の中で不貞腐れていたオスカーが、鉄格子から身を乗り出し、食い入るようにホログラフを見つめ出す。
二十歳の大人びた肢体を黒の軍服で隠しているが、その武芸で鍛えられたすっきりとした立ち姿は凛々しく、雅ですらあった。
そして流れるように長く艶やかな金色の髪が、柔らかなウェーブをかいて腰まで波打っている。鼻梁の整った顔……紅玉を砕いたような唇。
人にしては珍しく、眼福の恩恵を預かったと思える程の造形美だった。
「確かに稀に見る程の美貌だね」
「オ〜リ〜ヴィ〜エェェェェ!!」
ロザリアの爪が見る見るうちに長く尖り、その気高い顔も鬼女のように歪む。今度はオリヴィエが首を締められる番だった。
「私と二股かけるなんて、良い度胸ね!! あんたがその覚悟ならかまわなくてよ!! その女の所だろうが、何処にでも行ってしまいなさい!!」
「ああああああああ!! 誤解だってロザリアぁぁぁ!!」
オリヴィエはじたばた暴れながら叫んだ。