どしゃ降りの涙♪
「フッ。氷のように冷たく美しい俺のレディ。俺の視線を外し焦らすなんてな。やってくれるぜ。俺のハートに火をつけてくれたお礼はじっくりとさせて貰う。今日から甘く熱く過激な毎日が始まるぜ。俺は君を離しはしない。覚悟はいいかいレディ?」
「…………」
「さあ、もう大丈夫だ。この俺が来たからには、美しい君には指一本触れさせはしない。恥ずかしがってないで出ておいで♪ 俺の両腕は、君の為に……ほら、空けてある♪」
陶酔するオスカーとは対照的に、レイラはますます気味悪げにオスカーを睨みつけ、彼からなるべく離れようと更に牢屋の奥に後じさる。
無理もない。
彼女を助け、信用させて、アンジェの為に戦う勇者になって貰わなくてはならないのだ。
≪………ちょっと待てよオスカー。口説くのは後にしろ!!………≫
セイランは堪り兼ねて、背後からオスカーの左肩を引っ掴んだ。
「時間がない。さっさと彼女を助けてやれ」
オスカーは口説きを邪魔され鼻白んだが、セイランはレイラから見えない位置で、オスカーの背中…丁度心臓の位置にショート・ガンの銃口を押し当てた。
≪屍になって帰りたい?≫
心話を飛ばしがてら、眼もジロリと細める。
セイランにしては珍しいぼやきだが、無理も無かった。
繰り返すが、彼らが今いる所は牢獄なのだ。そして、エアバイクでテレポートして来たのはいいが出口はバイクが通り抜けられないほど狭い。だから帰りも結局はテレポートで逃げることになる。
けれど、人間であるレイラはテレポートの衝撃に耐えられない。彼女は少なくともバイクが空を飛べるような場所まで、自力で逃げて貰わなければならないのだ。
なのにその肝心なレイラというと、彼女は、オスカーの下心丸出しの笑みに嫌な予感がしたのか、ますますじりじりと牢屋の奥に後じさる。
銃口をぐりぐりと押し付けると、ようやくオスカーは牢屋の鍵を短剣でこじ開けた。
錠前が真っ二つに割れて石畳に転がる。
牢獄の立て付けの悪い扉が、軋んだ音を立ててゆっくりと開く。
「さあ、レディ!! 貴方を捕らえていた檻は開きました♪」
オスカーは両手を広げて微笑みを浮かべた。
「どうか怖がらずに。レディ。俺は今日から貴方の護り騎士となる、妖精族の王子オスカー・シータスです♪」
レイラの目はまんまるに見開かれた。
「ま……守り騎士って……?」
「そうです。さぁ美しい姫君」
「………ぁ? 姫って?……」
「麗しい君以外に、誰がいる? さあ」
セイランは、レイラの握り締められた拳が、ふるふると震えだしたのに気づいた。彼女の青ざめていた顔は、みるみる高揚し気色ばんでいく。オスカーに助けられる安堵とは明らかに違う。
オスカーはレイラの変化に全く気づいていない。
≪……良いのか?……≫
≪今は待って≫
セイランはクラヴィスの心話を避け、ふるふると首を横に振った。暫く様子を見たかったのだ。
初対面なのに、レイラは明らかに気分を害して怒っている。一瞬、彼らがレイラをアルベリックに密告したことがバレたのだろうか?と、頭に横切った。
だが、卒のないヴィクトールがヘマをやるとは思えない。
だとすると、多分オスカーの口説き言葉のどれかに気分を害したに決まっている。
女性は一度感情を害すれば終わりだ。今日中に勇者になるように説得するのは難しくなってしまう。
セイランは、息を潜めてオスカーとレイラを観察しだした。
やがてオスカーは、待てど暮らせども出てこようとしないレイラに業を煮やしたのか、カシャリと固い音を立てて、牢獄の中に入っていった。
レイラはじりじりと、更に後じさっている。
オスカーは、またもやふっ……と顔を気障に傾け、恭しく跪くとまるで王族の女性に対するように、レイラの手をその手に取った。
オスカーはそっと唇を押し当てた。
レイラの眉はますます吊り上がり、唇を戦慄かせている。
だが、目を閉じているオスカーは気づいていない。いや、だからこそ、初心なレイラがてれて震えているのだと思い込んでいるのだ。
「おお姫君。君は人間とは思えない程美しい。レディ。俺を一目で狂わせてしまった美の女神よ。君に会えた幸運を、神に感謝したい気分だぜ。この俺が護る限り、君のその美しい顔にひとつも傷をつけさせないと誓う。
この俺が全力で護ってやる。さぁ……おいで……」
レイラは、俯いたまますくっと立ち上がる。
レイラに手を解かれたオスカーは、怪訝げに顔を上げる。
「誰が姫だ!! この痴れ者!!」
彼女はそのオスカーの顔面を、思いっきり蹴り飛ばした。
「きゃあああ!! お兄様!!」
「あん?」
「オスカー!!」
「私は軍人だ!! 幼少の頃から武芸に励み、この帝国初の女性騎士として任官していた。
なのに、何故皆顔のことばかり言う!!
私は顔しか取柄がないのか!! 騎士になったのは、私の剣で帝国をお守りする為だ!!
それをそれを……何が私を護ってやるだ!!」
オスカーは、靴跡を顔面に張りつかせたまま盛大に仰向けにひっくり返っている。
「良い蹴りだったな」
ぼそっとクラヴィスが面白そうに呟く。
レイラは彼から何の反応もないことを悟ると、怒りのやり場がなくて、牢獄の戸を立て続けに自分で蹴った。
「私は一体何のために騎士になった!!
護られるためではない!! 私が陛下を、帝国の民を護るためにだ!!
そのために己を鍛えてきたというのに!!
私は一体何の為に騎士を目指したのだ!!
父を殺した男の愛人になるためか!! 冤罪で死を賜るためか!!
この私の顔の為に父は死んだのか!! アルベリックは狂ったのか!!
私は……私は………悔しい悔しい悔しい悔しいぃぃぃぃぃ!!………ふぅ……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
感情が爆発し、歯止めが利かなくなったのか、レイラはそのまま身を二つに折って慟哭しはじめた。
その甲高いヒステリックな声は、城の牢屋に響き渡る。
「ちょっと、レイラ!!」
気配り抜群のオリヴィエが、即座に走っていく。
やがてバタバタと階段を慌しく駆け下りる音が聞こえ出した。きっと、牢屋の見張りに立った軍人達だろう。
セイランの頭に策が閃いた。
「ヴィクトール!! 今は頼む!! ランディとコレットの三人だけで死守しろ!!」
かつてジュリアス軍の参謀をしていたセイランの命令しなれた声に、ヴィクトールは条件反射で自分の剣を引き抜いた。
「はい!! 俺に続け!!」
「あい!!」「……はい……!!」
勇ましいヴィクトールの掛け声に続き、チビランディとチビコレットが、彼の後ろにぽてぽて階段を上っていく。
「セイラン!! 私達も!!」
ゼフェルの首を絞めていたロザリアは、すぐさま飛び出そうと身を屈めるが、セイランはその肩を抑えて首を振った。
「君とゼフェルは、一足先に城の外にテレポートしていてくれ」
「何でだよ!! セイラン!!」
「そうよ!! 子供達が戦っているのに、王女である私が逃げてどうするの!!」
「いいから作戦だ。それにゼフェル。君の武器はここでは危険だろ?」
「う……」
当たり前だ。こんな所で爆弾を破裂させれば最後。皆火だるまである。
「おチビ達も悪いようにしない。アンジェのためだ。信じてくれ」
「判ったわ」