どしゃ降りの涙♪
ロザリアはしぶしぶとサイドカーに身を滑り込ませた。
「ああ、クラヴィス様は残って」
ちゃっかり降りるそぶりも見せなかった男をバイクから引き摺り下ろす。ゼフェルはセイランが降りたことを確認すると、合図も無しにバイクをテレポートさせた。
(さて、次は……と)
セイランは、再び牢屋の中を見た。
「お……お嬢ちゃん?」
「どきな!! 馬鹿!!」
オリヴィエはやっと身を起こしたオスカーをけり倒してどかせると、牢の扉を潜り、泣いているレイラの真横にどすどす駆け寄った。
「そうね、アンタには護られるなんて似合わない。その剣はアルカヤに住む全ての者の為に振るわれるべきなのよ。私達には貴方が必要なの。
レイラ。どうか私達の勇者となって、アルカヤを……世界を救って!!
帝国の民も、その他の罪なき人々も……皆貴方の力を待っているのよ!!」
オリヴィエは珍しくまともだった。
だが、折角熱く語ったところで、彼がレイラの手をにぎゅっと握る手はペンギンである。
泣き濡れた顔で見上げたレイラは、巨大な被り物から丸く顔を出しているオリヴィエを凝視し、そのまま目を細めて彼を睨みつけた。
「もう、私をほっておいて。変質者に助けられたって、嬉しくも何ともないわ!!」
「誰が変質者よ!!」
「お前だ」
「はぅぅぅぅ!!」
またゾンビのように復活したオスカーは、気色ばむオリヴィエをけり倒して気絶させると、しつこくレイラの手を握る。
「許してくれ俺のレディ。俺の軽はずみな言葉が、これほど君の繊細な心を傷つけてしまうとは思わなかったんだ。
この償いは俺自身の手で行わせてくれ。
君を、熱く身も心も蕩けるような恋の炎に包もう。
レディ。君の涙は可憐だ。
願わくば、今度涙を流す時は、是非この俺の腕の中で。
君の表情は全て……俺を酔わせてくれる」
オスカーは目をきらきら輝かせながら、熱く語っている。その甘い台詞の数々は、レイラにはあまり伝わらなかったようだ。彼女は訳のわからない単語の羅列に、鳥肌を立てて固まっている。
セイランはそろそろ潮時と判断すると、クラヴィスの手にから虫かごを引っ手繰り、その扉を開けた。
「うわぁぁぁぁ!!」
オスカーは、直ぐに小さくなって、虫篭の中にすっぽりと収まった。セイランは素早く鍵をかけて閉じ込める。
≪こら!! 出せ〜!!≫
「男は引き際も肝心だよ」
セイランはそう嘲笑うと、死に物狂いで喚いているオスカーをクラヴィスに預けた。そして、空いた場所にちゃっかり収まると、真正面からレイラの顔を見下ろした。
「レイラ殿。僕の名はセイラン・レミエル。このアルカヤを担当しているアンジェの代理としてここに来た。
要件はスカウトだ。騎士としての君の力がどうしても必要なんだ。どうか天使の勇者となり、この帝国を……そして、このアルカヤを救って欲しい。この帝国を護れるのは君だけだ。ご覧」
淡々と、水のように淀みない動きで、セイランは真っ直ぐに指を階段に示した。
けっして声を荒げたりしないから、感情的に高ぶっていたレイラも素直にセイランの指を追ってしまった。
彼の指し示した先には、門番達と揉みあいになっている三人の妖精がいる。
「貴様達は!!」
レイラの美しい柳眉が、再び険しく吊り上がった。
ヴィクトールは良い。彼はレイラの目から見ても、頼もしく強い騎士だ。安心して戦いを見てることができる。
だが、残りの二人は!!
「え〜い!! え〜い!! まけるもんかぁ〜!!」
幼いランディは、顔を真っ赤にして自分よりも大きな剣を振り回しながら、必死で戦っている。彼は、その小さな体の背に、もう一人の妖精を庇っているのだ。
「き……きゃああああ……えっく……えっく……ごめんなさい……ごめんなさい、ランディ様……」
短剣を手に持ちながら、ランディの背から出るに出られず、涙で顔をくしゃくしゃにしたコレットは、番人が繰り出す剣先を必死で避けている。
彼女は逃げ回るのが精一杯で、とても戦力にはならない。
三人は、階段の狭い入り口を上手に使い、後から後から湧き出てくる兵士達の侵入を、上手に阻んでいたが、やはり防ぎ切れずにじりじりと後退しだしている。
「何故お前は子供に戦わせる!!」
「それが天界の掟だ。僕らは天使。そして彼らは妖精。妖精はもともと人界の種族だから、勇者を助けて直接人界に関わることができるけれど、天使は天界の住人だ。
選ばれた人間に加護を与えることはできるけれど、直接世界に介入することも、人を害すこともできないんだ」
セイランは悔しげに顔を顰めて見せた。彼の言葉は真実である。
天使は直接人界に関与できないから、わざわざ人間の勇者をスカウトするのである。
だが、少なくとも今日アンジェのために降りた三人……ゼフェルもセイランもクラヴィスも、天界の規則におとなしく従う者ではない。だが、今は敢えてセイランは参戦しなかった。クラヴィスもセイランの策に気づいたのかじっと無言で佇んでいる。
セイランは、オスカーが錠前を壊す時に使った剣を拾うと、レイラに差し出した。
「僕らは君を助けに来た。けれど、人を害することはできないんだ。ここまで人間に囲まれてしまった以上、彼ら妖精を助けることができるのは君だけだ。頼む。彼らを無事地上まで導いてくれ。今は君にしか頼めない!!」
「まかせろ!!」
望んでいた欲しい言葉を貰い、レイラの顔は輝く。
彼女は嬉々としてオスカーの剣を引っ手繰ると、まっしぐらに階段口に突っ込んでいった。
それを見送った後、セイランはぽつりと呟いた。
「『屍天使』様。ちょっと多勢に無勢なんですけれど」
「……何が言いたい?……」
セイランはクラヴィスを仰ぎ見るとにっこりと微笑んだ。
「レイラには敵は魔物だと確定づけるために。その他の者には逃げ帰っていただくために、貴方の力は有効なんですけれど」
「……人使いの荒い奴……」
クラヴィスはふっと唇の端を歪めると、右腕に紫の焔を宿した。
彼クラヴィスが管轄する、ジャハナに送り込まれた罪人の魂に道を示し、この地に呼び寄せる為に。
一分後。
「みぎゃああああああああ!!」
「こ…コレット〜!! わぁぁぁ!!」
「おおお!!」
「退避だ!!」
影から湧き出てくる物の怪の山。人の生き血と肉を求めてゾンビの手が伸びる。
セイランの掛け声に、敵門番も含めて全員が従った。
…………この牢獄は亡霊の巣窟となった…………
☆☆
「一体何なんだあれは!!」
城外に待機していたゼフェルのバイクに収まり、直ぐに遠くの街目指して飛び立った。だがレイラは生まれて初めて空を飛んでいることも忘れ、セイランの首をがくがく揺さぶっている。流石の女騎士も、ポーカーフェイスでは血の気の失った顔を隠せないと見える。
さあ、いよいよ最後の詰めだ。
「君の見たとおりだ」
セイランははやる心を押し隠し、淡々と囁いた。
「アルカヤは今、魔軍に侵略されつつあるんだ。このままでは三年でこの世界は滅亡する」
「なんですって!! 直ぐに陛下にお知らせしないと!!」