どしゃ降りの涙♪
不貞腐れて膝を抱える彼女に、セイランは容赦なく爆笑して彼女の髪をぽしぽし撫でた。
「アイリーン、勇者になりなよ。そうしたら、天使や妖精と一緒に世界中を歩きまわれる。生きてて住む世界が同じなら、きっと義兄に会えるさ。たとえもうそいつが死んでいて会えなくなっていたとしても、こんなところで、止まった時間を生きるぐらいなら行動しろ。 義兄みつけて、その時もそいつと一緒に行きたいって思ったのなら、無理にでもくっついていけ。義兄が君を連れて行くかどうかを決めるんじゃなくて、君が選ぶんだ。待つよりよっぽどいいだろ?」
むすっと膨れていたけれど、セイランがぽしぽし彼女の頭を撫で続ければ、やがて真っ赤になってそっぽを向く。
「あんたは父親と決裂したんでしょ? それでよかったの?」
「ああ」
「寂しくない? 後悔は?」
「ないよ。自分の心に整理がついたから。それに、過去と決別できたから未来を得た。今僕には父よりも執着している恋人がいる。僕の命よりも愛しくて、僕をきっと命がけで愛してくれる人がね。大体、自分の守護した勇者の死出の旅を、体張って止めるような無茶な天使だよ。恋人なら一体何してくれるか………判るだろ?」
「ああ、さっきの天使。あんたよっぽど自慢したいらしいのね。また惚気ちゃってさ」
と、口では皮肉をいいつつも、目は興味でキラキラと輝いている。
内心はきっと『いいなぁ』という前向きな気持ちになったのだろう。
「ねぇ、どんな天使?」
「金のふわふわの髪は春の陽だまりで、柔らかい肌は染み一つ無いすべらやかなミルク色、外見通りの純真な心を持つ、すべてが愛しい、僕の最高の恋人さ」
「うわっ、すっごい恥ずかしい。あんた言ってて照れない? 怖いもの見たさで見たい気もするけれど…細工画かなんかないの?」
「君をしょっちゅうスカウトに来てた、おチビの天使のことだよ」
途端、アイリーンの目が点になる。そして、セイランを再び不信そうにじろりと睨み、じりじりと後ずさりを始める。
「あんたって実はロリコン?」
「言ったな?」
お仕置きだと、口を両手でへむっと引っ張ってやる。
「あでででで!!」
親しい家族がやるようなじゃれあいに、アイリーンは痛がってる割には笑い転げる。
「アンジェは人で言うと17歳ぐらいの娘だよ。今は事情があって、力を使い果たしてしまってね。力をあまり使わなくて済むように、体の負担が少ない幼児の身体に戻っているんだ」
「へえ」
アイリーンは興味を魅かれた様子だ。
「じゃあ、これからはあんたもあの子と一緒に、勇者の守護とかやるの?」
「いいや、僕には天界で別の仕事がある。さっきも言ったように、エミリア宮で、死んでしまった勇者の魂を保管して、連れ戻しに来た天使に勇者を返す役目をしてる」
「ふ〜ん…いい仕事ねって言いたい所だけれど、他の人は何か含みがあるみたいね」
セイランはじろりと開け放たれていたドアに視線を走らせた。途端、ヴィクトールやオリヴィエ等、聞き耳立てていた面々が、わらわらと視界から消えた。
「否定はしない」
全く、この子はやはり、あきれるほど自分に似ている。
「勇者やってあげていいよ。その代わり、私をしっかりと守ってもらうし、義兄を探すのにも協力してもらう。ギブ・アンド・テイク、わかった?」
「ああ」
にやりと人の悪い笑みを浮かべる少女は、やっぱり気が強くて笑える。
「判った。じゃ、君専属の妖精は……」
誰にしようかと振りかえった途端、いつの間に復帰した、赤毛の狼が手を挙げている。
「俺!俺がこのいたいげなお嬢ちゃんを一人前の女に〜」
「このケダモノ!!」
すぱーんと良い音をたて、オリヴィエのチョップが彼の脳髄にとぶ。
「……あいつらだけは嫌……」
「判ってる」
ボソッと低めの声で呟くアイリーンは、本気だ。勿論セイランだって、最後に話を壊す程馬鹿ではない。
「セイラン、この子は私が付きますわ」
「……ロザリア?……」
彼女はアンジェの親友だ。できれば勇者付きにせず、ずっとアンジェの傍にいて欲しい。
「勿論、私はアンジェが一番。でも、この子を無事に義兄に引き会わせるまでは、保護者として世話する者も必要ですわ。私は留守が多いけれど、絶対あんたを一人ぼっちにしないことだけは約束するわ」
「何よ、あんただってまだ17ぐらいの子供じゃない」
勝気な少女同士だ。だがロザリアは、アイリーンの皮肉を無視して、すっと手を天にかざした。
「ばあや!! ばあや!!」
「はい、ここに」
たちまち、恰幅のいい齢60を超えている老妖精が舞い降りた。
「ばあや、今から私がこの子の面倒を見る事になったから」
「まあ、お世話し甲斐のあるお嬢様ですね」
「……この子何様?……、ばあやって一体?」
戸惑うアイリーンに、セイランは苦笑を洩らす。
「ロザリアは、妖精の女王……リュミエール・ティタニアの後継者だ。つまり、妖精界のプリンセスってこと」
「俺だって、妖精界のプリンス……げほっ!!」
「いいからあんたは黙れ!!」
ペンギンにベシッと回し蹴りを食らい、再び床に沈んだオスカーは、そのままヴィエペンギンに足を捕まれ、部屋から摘み出された。
「じゃ、ばあや。私はまだ仕事が残っているから行くけれど、この子には規則正しい生活をお願い」
「はい、ちゃんと朝もしっかりお起こしして、食べさせますのでご安心を」
「ゲゲ!!」
明らかに昼夜逆転しているアイリーンにとって、この瞬間ばあやは天敵となった。
そのまま問答無用で寝ろ!! と、ベッドに押し込められたアイリーンを残し、ゼフェルのバイクは次の地を目指して旅立った。
★ ☆
「う、うにゅゅ……、なんでー!!」
ポーションの睡眠効果が切れ、目覚めたアンジェは、辺りがもう真っ暗になっているのを見つけて一気に青ざめた。
セイランの置手紙に素早く目を走らせれば、皆が来てくれたことにびっくりしつつ、薬を飲んで更に寝てろと書かれており、俺様な思考に感心する。
だが、勇者になってくれと、候補者にお願いするのはアンジェの仕事だ。
そんな地道な任務を、誇り高いセイランや高位の父クラヴィスに肩代わりさせるなんてとんでもないし、親の七光りと自分が陰口叩かれるのはいいけれど、父や恋人が馬鹿にされたり、オリヴィエが窮地に立たされるのはゴメンだ。
アンジェは直ぐに、ウサギの着ぐるみ寝巻きを脱ぎ捨て、身支度を整えた。
端末を引き寄せて勇者候補の所在地を探る。
「きゃあうううう!!」
調べてアンジェは真っ青になった。
何故なら、勇者候補を示していた黄色の光のうち、4つが赤い光に……、つまりアンジェの勇者を承諾したと告げていたのだから。
(セセセセ……セイランったら、一体何やったの〜〜〜!!)
彼が綺麗な顔に似合わず、ちょっとキツイ性格なのは判っている。
そうとう無茶で強引なお願いをしたのかもしれない。
それに残っている勇者候補は3人だけ。
しかも、そのうちの一人……ロクスを現すマークは赤く点滅しており、彼らが交渉を開始したことを伺わせる。
「駄目なの!! 私の仕事なんだもん!! ロクスの所に行かなきゃ!!」