どしゃ降りの涙♪
そして値段の交渉が白熱していけばいくほど、物見高い酔っ払い達が、やんやとはやしたてる。美貌の男娼を、誰がいくらで競り落とすかと、面白くなっていく見世物に、周囲の人垣もまたどんどん多くなっていく。
そして、とうとうセイランの待ちわびていた奴らがやって来た。
「よー兄ちゃん、誰に断ってここで商売してるんだぁ?」
集まった人垣を掻き分けながら、この辺の娼婦達を纏める元締めの下っ端らしき男たちが十数人、指を鳴らしながらセイランをぐるりと取り囲んだ。
だが、凶悪な面構えの男達に凄まれても、セイランは涼しい顔を崩さなかった。
「ふてぶてしい野郎だぜ。身を売るんだったらなぁ、それなりの筋を通せや。聞いてんのかぁこらぁ?」
下っ端の一人が、セイランの胸倉を引っ掴んだ。
その途端、セイランは酷薄な笑いを浮かべた。
「誰が僕に触れていいって……言った?」
腰からするりと短銃を抜くと、セイランは自分を掴んだ男の顔を、銃身で殴りつけた。
横に吹っ飛んだ男が、彼を囲んでいた人垣の一角を崩す。
そこにすかさずセイランは、見せしめを兼ねて倒れた男の両手両足を綺麗に一発ずつ銃で撃ち抜いた。その後、更にしつこく下っ端達のリーダー格らしき男の襟首を引っ掴み、その額に銃口をピタリと押し付ける。
「君達に買って欲しい男がいるんだ。当然、僕じゃない。金貨……そうだね〜……とりあえず500枚でいいか。さあ、今すぐ耳を揃えて出しな?」
「………てめえ、俺達にかつあげたぁいい度胸じゃねーか?」
「……そっちこそ、この僕に逆らって見せるなんてさぁ……あんた本当に勇気あるよ」
セイランは、けらけら笑いながら、銃口を更にぐりぐり押し付けた。
いくらチンピラが虚勢を張り、口調は凄んでみせたとしても、セイランが引き金一つ引けば最後、彼の頭は脳漿が吹っ飛ぶだろう。また、セイランは前回の大戦で幾多の魔族の命を奪い、葬ってきた天使でもある。
セイランにとって、最も大切なのはアンジェだ。だから基本的にはそれ以外のものはどうでもいいと思っている。ましてや初対面の人の命など、石ころや虫けら同然。歯向かえばやっぱり笑いながら血祭りにあげるだろう。
そして、裏街道に身を置く人間達は、基本的にわが身を危うくする本当にヤバイ奴には逆らわないものだ。
彼らは本性を現したセイランを見て、瞬時に彼が【大量殺戮者】……いわばこの世界でも最も危ない【殺人鬼】の部類に属する者だと見抜いた。
セイランに銃をつきつけられた男は、武器を持っていないことを示すように両手を開いて高く掲げた。
「………金貨500枚は直ぐに用意しよう。それで、俺達に売りたい男は何処だ?……」
セイランは満足そうに、にっこりと極上の笑みを浮かべた。
酒場の中の賭博場では、身を消したロザリアの協力で、ペンギンの着ぐるみを着たオリヴィエが、セイランの後を引き継いでロクスをボロボロに負かしていた。
今、ロクスの手元にチップは一枚もない。また彼は先程も別の勝負で3000枚負けている。
セイラン達を、身なりも良く、明かにカモにできそうだと思ったからこそ、馴染みの博打仲間はロクスにチップを貸したのだ。だが結果は散々、カモるどころかロクス自身がもう賭けるものは己の纏っている紫の法衣のみという有様で、当然彼に新たに金を貸すような輩は一人もいない。
「……明日、大聖堂に来い。今日の負けは払ってやる……」
「ちょっと待ちなさいよ。最初の約束だと、あんたは私達の『依頼』を引き受けてくれる筈だったじゃない?」
オリヴィエの言う『依頼』とは、アンジェの勇者になることを、承諾するということである。だが、ふてぶてしい将来の教皇は、聖職者にあるまじき行為をぬけぬけと行った。
「……さぁ、何の事だか。知らないねぇ……」
「………あんたさぁ、一応忠告しとくけれど、今の内に素直に謝って、私達の『依頼』を受けた方が身のためだよ?………」
天使と交わした約束を平気で破るなんて、ただでさえ天罰が下ったって文句が言えないと言うのに、ロクスの相手はあの『セイラン』である。
無知は怖いというけれど、オリヴィエは気の毒そうにロクスを眺めた。
性懲りもなく、席を立って帰ろうとする彼を、ヴィクトールとエルンストが揃って背後から彼の体を押し戻す。セイランに頼まれた仕事は、彼が帰ってくるまで、こいつをこの場に留めること。アンジェを愚弄され、唯でさえ怒り狂っていた今の彼に、逆らうような命知らずはこの場にはいない。
だが、行動の邪魔をされた我が侭男は、不快げに愁眉する。
「大体、何処に貴様達と約束したっていう証拠がある? 文句があるなら自分達の愚かさを呪え」
「そういう態度は面白くて、僕は好きだね」
衣服を元のように整えたセイランが、すがすがしい笑顔で戻ってきた。
「だって、気に食わない相手を完膚なきまで叩きのめす楽しみができるんだから。そう思わないかい?」
「ふん……誰が貴様の思い通りに……」
と言いかけたロクスは、セイランの背後にぞろぞろ立つ男達の群れを見て、瞬時に顔を強張らせた。
彼はこの酒場の常連だ。しかも今まで散々この界隈の娼婦達と楽しく遊んでいる。
そんな彼が、娼婦達のあがりをピンハネする、チンピラ達の顔を知らない筈なかったのだ。
「どこに行っていたのだ?」
「僕の最愛の人に対する無礼を、その身で償って貰おうと思ってね♪」
珍しく、セイランはクラヴィスにも、にこやかに笑った。
「オリヴィエ、今の彼の負けはいくら?」
「金貨1000枚ほどだよ」
「ふーん、なら後500弾んで貰うって訳だね」
涼しい顔でにっこり笑い、セイランは背後の逞しいチンピラ達に振り返った。
「まぁこっちの兄ちゃんも……面はまあまあ綺麗だし」
「隊商専属の娼婦ならさ、体力いるし男でもいいでしょ?」
「こんなほそっこいので、体持つか?」
「きっと大丈夫だよ」
「まぁ三ヶ月だしな。キャラバン自体も成人した男は80人ぐらいだ。一晩5〜6人相手させても……まぁ戻ってくるまでには金貨500の元は取れているだろう。その頃までにはもう一パーティーぐらい探してやれるし」
「……何の話だ、お前達……」
「あんたを売り飛ばす商談中♪」
セイランに軽く言われた途端、ロクスの顔が、紙のように白くなる。
「まぁ、俺は単なる客引きだ。決めるのは雇い主になるが」
「どうぞどうぞ。なんならここでつまみ食いしてくれていいよ」
セイランに呼ばれ、隣国のレグランス出身らしき顔面黒々とした髭を持つ、頭にターバンを巻いた巨躯の男達を従えた恰幅の良い中年の男が、歩み寄った。彼はそのままいきなりロクスの顔をひっつかむ。
どうやら彼が隊を纏める長のようだ。
「な……なんだお前は……!!」
そう彼が喚いたとしても、売り物の人間の意見など、無視である。
「500はちょっと高くないか?」
「いいや、妥当な金額だと思うけど。彼の顔と身体は極上だし、高い教育を受けているから言葉も問題はない。現地でいちいち娼婦探すよりも安上がりでしょ?」
セイランは、当然の事のようにしれっと言う。
異国の男達は、途端弾けるように下卑げた笑いを撒き散らした。