どしゃ降りの涙♪
「まあ、味みてみねえ事には決まらないな」
「どうぞ、売り物ですから♪」
「待て……勝手に決めるな……、あうっ!!」
ロクスの体に一斉に伸びた男達の手が、彼を椅子から引っ張りあげる。
隊商の男達が、値踏みを始めたのだ。
「細っこい身体だな。慣れてサービスを覚えるまで、一回銀貨5枚ってところだぜ」
「一晩、10人とやって……金貨5枚の稼ぎだぞ」
「ほう、100日やらねーと元は取れないな。おい、これには金貨450しか払えないぜ」
ロクスは男達の腕から逃れようと、必死で体を動かして暴れ出す。
「おい!!私は……将来の教皇だぞ!!」
「そんなお偉い人が、こんな場末の酒場にいるわけねーだろ!!」
男達が盛大に笑いとばす。
セイランは間髪入れずにぬけぬけと言い放った。
「君が教皇なら、僕らは天使だ」
「そりゃあいいぜ。客引きが天使なら、客の俺は神様かい?」
「待て……待ってくれ!!わ……私に何かがあれば、……副教皇が黙ってないぞ……!!」
じたばたと体をくねらすロクスに対し、セイランは冷酷な悪魔のような寒々しい笑みを浮かべた。
≪君、ホントに馬鹿だね。今から隊商の幌の中で鎖に繋がれて、大陸のあちこちに移動する君を、どうやって副教皇が見つけるというんだい? ましてや君を買ってくれる隊商には、この僕……エミリア宮の主、セイラン・レミエルが直々の祝福を与えてやるっていうのに、人間の分際で何ができると言う?≫
幻視を統括する天使ならば、姿変えの術など朝飯前だ。
将来の教皇ならば、書物で何度も目にしているであろう……『レミエル』の名前に、セイランを完全に侮っていたロクスは、愕然と目を見開いた。
≪もし君が男達に足を開かずに責め殺されたって、君の素行の悪さは十二分に世間に知れ渡っている筈だよね。いつかこうなるのではないかと思っていたと、嘆きつつもきっと皆は、あきれて納得するだろう≫
「……ま……待ってくれ………」
セイランの予想は、ロクスにも十分ありえることだと思い当たっていた。今の彼は、反論する声も弱々しい。だが、根暗く怒っているセイランに『情け容赦』という文字はない。
≪君はその毒舌で、きっと僕のアンジェもさぞかし泣かせてくれたんだろうね。それ相応の報いは受けてもらうさ≫
ロクスの髪を掴んで顔を上げさせると、セイランはくすくす笑って、腰からダガーを取り出し、彼の紫の法衣を襟首から下まで一気に引き裂いた。そして、皮製の首輪を客引きのチンピラから受け取り、下着一枚に靴のみというみっともない姿になった彼の首に嵌め、鎖までつけた上で隊長に差し出した。
「450でいいですよ。たっぷりしつこく、払った金の分だけ楽しんでください♪ おい、宿はどうだ?」
セイランの言葉に、弾かれたように客引きが、強面に精一杯の愛想笑いを浮かべ、酒場の二階を指差した。
「大部屋を一つ準備しました。まぁ10人程度でしたら十分楽しめる広さです」
「よし、契約は明日の朝だ。気に入ったら払ってやる」
男たちはロクスの鎖を引っ張り、彼を二階に連れていこうとする。
セイランはにこやかに手を振って見送った。
「…おい、おめー……あれ、いいのか? アンジェが知ったら泣くんじゃねーの?」
親友がさりげなく、遠回しに忠告をする。それに対し、セイランは晴れ晴れと軽やかにきっぱりと言い放った。
「僕らの掲示する勇者の仕事より、男娼の方がいいっていうのなら、仕方がないだろう?」
――――いつロクスが、そんな事を言った!?――――――
誰もが心の中でそう思ったが、笑っているセイランが怖くて一人も嗜める者はいない。
「僕は個性や個人の意見を尊重するタイプだ。ま、僕のアンジェの為にも、彼が早々に気持ちが変わってくれる事を祈るけどね」
そしてセイランは、口元に両手を筒のように揃えた。
「じゃあねロクス。明日の朝に再び会おうね。君が僕らとの約束を思い出し、身心ともに僕のアンジェの『お願い』を、気持ち良く受けてくれることを期待している」
「ぎゃああああ〜〜!!私は男が嫌いだああ!!」
逞しい腕に体をベタベタに触られつつ、味見と称して髭面の男達に口付けをされ、牛馬のごとく鎖で引っ張られる半裸のロクスは、今必死で階段の手摺にしがみ付き、動くものかと頑張っている。
「あんな汚い物を見ちゃ駄目よ」
オリヴィエは、彼の腕の中で真っ青になり、耳を塞いで眼をとじ、ガタガタ震えているロザリアをぎゅっと抱きしめた。
そんなロクスの狂態に、原因を作ったセイランは平然と涼しい顔を示している。
「こんな事ぐらいで犯られる男なんか、魔軍相手に戦う勇者が務まるわけがない」
【やられる】の字が違うと、誰もが思ったが、彼が怖くて突っ込めない。
「さてと、時間がないし、そろそろ次に行こうか?」
「待てぇ〜!! 待ってくれ〜〜!!」
息もたえだえになりながら、助けを求めるロクスを見捨て、酒場の出口に向かったセイランは、バイク前で佇み、心配げにちらちらと酒場の扉を振り返るヴィクトールの肩にポシッと手を置いた。
「頃合を見計らって、あいつを回収してくれ。ただし、その時は今後、舐めた真似が二度とできないように、きっちり『アンジェの勇者を了承します』っていう、契約書を書かせるんだ、いいね?」
朴訥で真面目な軍人妖精は、ホッと安堵の吐息を洩らし、直ぐに長剣を引き抜き、酒場に戻っていった。
彼に任せておけば、大丈夫だろう。
バイクは残りのメンバーを乗せ、悠々と空に舞った。
★☆★☆★
11
アルカヤの世界には、北の果てに【辺境】と呼ばれる地域がある。
一年のうち半分は雪に覆われた大地は痩せ、育つ作物は少ない。また1000年も昔から、吸血鬼の王がこの地に居城を構えており、夜になると死人が甦り、人の生き血を求めて闇をさまよい襲う危険な場所だ。
だが、クレージュ公という、名ばかりで力が無い領主が治めるこの地では、他の諸外国に比べて民の納める税金が格段に安い。
貧しい階級でも、浮浪民とならずに土地や家が持てるから、どんなに命が危険でも、民はこの地を離れない。
そして、村人は自分達を守るために、なけなしの金を出し合って特別な傭兵を雇うのだ。
【バンパイア・ハンター】
アンデッドが動き回る夜に活動し、命がけで魔物を仕留め、また自分達が職務の途中に吸血鬼に敗れて闇の下僕に加えられたその時は、正気を保てるうちに仲間や弟子の手にかかって命を捨てる過酷な職業だ。
アンジェの向かった目的地は、エレクシア教国にいるロクスの所の筈。なのに、勇者候補の居場所を示す光を目指し、よれよれと辿り着き、力尽きて墜落した所は、ゾンビが元気良く徘徊する、とある農村だった。
「ううううう。ここは何処ぉ〜!! きゃうううう!!」
尻餅をつき、涙目になったアンジェの目の前で、墓の土が盛り上がると同時に、腐った卵のような異臭を放ちつつ、蝋人形のような無残な死体が起き上がる。
次々と墓場から甦ったゾンビ達は、4歳児並みの小さなアンジェの体を見つけ、ゆっくりと近づいてきた。
「………ひぃっ……!!」