どしゃ降りの涙♪
ジュリアス達の目論みに乗れと言われたのだ。その口惜しさ……彼の心の中での葛藤が窺い知れる。
セイランは彼の返答を待った。
じっくりと熟考を続けていたクラヴィスは……やがて深いため息をついてこう虚ろに呟いた。
「……できぬ………私にはもう……何もすることができぬ……」
(この男!!)
セイランは心の中でチッと舌打ちすると、即座に徹底交戦する腹をくくった。
「そんなにジュリアス様の目論み通りになるのが嫌ですか? 可愛い愛娘を見殺しにしてまで? そんなにご自分のプライドが大切ですか?」
ぐぐっと彼の喉が鳴った。
図星を突かれ、ますますクラヴィスの顔に怒りが湧く。
人は自分が気にしている本当の事を指摘されると、指摘した相手を恨むものだ。
ふるふると体に痙攣が起こったように小刻みに震えだす。怒りの発露を懸命に堪える風情を確認し、セイランは更にグリップを強く握った。
「あんたみたいな父親がいるせいで、アンジェは苦労をしょい込んでしまった。貴方の奥方は、本当に愚かだったよ」
「妻の悪口を言うな!!」
クラヴィスの体から、どす暗い紫のオーラが立ち込める。
セイランはうっすらと嘲り笑いながらシールドを張った。
「妻の悪口? あんたの耳はどうも都合の良すぎる耳をしているんだね? 僕が非難しているのはあんただよ。奥方はあんたを守って死んでいったけれど、あの方が守りたかったのは今のあんたかい? 妻の魂と添うことを望み、全ての仕事を放棄して死にたいと願っているくせに、でもアンジェの幸せを見届けるまではと、ずるずる生にもしがみつく。そんな生きるでもない、死んでいるのでもないどっちつかずのあんたは、結局、自分が気にかける二人の女性を両方不幸にしてしまっているってことさ!!」
ビリビリとシールドが力に押される音がする。
クラヴィスの怒りに巻き込まれ、部屋の調度品が至る所で揺らぎ、傾ぎ、次々床に落ちて割れる音も響く。
セイランは、すうっと息を吸い込んだ。
「くたばりたければとっとと逝け!!」
ジュリアスの怒号に匹敵するような声に、クラヴィスは一瞬怯んだ。
そんなふいを突かれたクラヴィスめがけて、セイランの短銃が容赦なく火を吹く。
「そうすれば四大天使の一人……屍天使クラヴィス・ウリエルを職場復帰させるという目論みは消えるだろ!! 当然だ!! くたばった者を生きてる時と同じように働かせることなど神ですらできないんだからね!! 屍天使の位が別の者に代われば、僕のアンジェも無理な役割を振られずに済む!! アルカヤへの増員も期待できるし、ひょっとしたら役目を外されて帰ってくるかもしれない!!
あんたは邪魔だ!!
アンジェの為にならないのなら……逝け!!」
「待て!!………待てぇ!!」
短銃の弾が切れると、セイランは銃をかなぐり捨て、ショート・ライフルを抜いた。
床を転がって逃げ続けていたクラヴィスは、救いを求めるように彼に手を伸ばしてきたが、セイランは敢えて無視して、再びライフルを両腕に構えた。
セイランにとって彼は素晴らしい上司だ。
なんせ、彼の下で働く者には何一つ規制がない。宮殿に迷宮を作ろうが、勤務時間中に絵を描こうが、アンジェへのプレゼントの細工物を作ろうが、まったくやりたい放題だ。
上司自身が何もしていないからこそできる芸当だが、そんな都合のいい上司でも……アンジェの幸せが絡めば……許されない!!
「逝け!! くたばれ!! さっさと逝ってしまえ!!」
トリガーを引くごとに、重たい振動手が両手にかかる。
セイランはこの感触が好きだった。
レトロな鉛弾が見事な大理石造りの床にめり込み、綺麗なだけの寂しい磨かれた石に、変わった模様を刻んでいく。
綺麗な物が破壊されていく様は……美しいのだ。
セイランは綺麗な物を破壊するのも好きだ。
壊れれば修繕される。けれどもとの美しさには戻らない。どうせ戻らないのなら、完璧に破壊しつくして、新たな美しい物を作り上げた方がいい。
騙し騙し使いつづけるよりも……ずっとその方が好ましい!!
「ま……待て!! わ……私は……!!」
瞬く間に弾を撃ち終えてしまい、紫煙が鼻を擽る中、セイランがうきうきと弾を充てんしていると、息絶え絶えのクラヴィスが、再度手を伸ばしてきた。
「協力する……私は……私はまだ、死ぬわけにはいかない!!……」
先程とはうって変わった強い決意の篭った声に、セイランは冷ややかに見下ろした。
「アンジェを残して……死ぬわけにはいかぬ……あの子の幸せを見届けるまで……私は……私はぁぁぁぁ!!」
身を起こしたクラヴィスの目は怒りで燃えていた。
暗く、怨念を含んだ眼差しを受け、セイランは大満足だった。
(……これでいい……)
愛情よりも強い念があるとするならば、それは憎しみだけである。
クラヴィスはアンジェを愛しく思っていても、仇敵ジュリアスの目論み通りに動くのを厭った。ならば愛しいアンジェの側に、憎くて仕方のない者を一人つくれば、天秤は瞬く間に傾くと踏んだのだ。
セイランの予想は的を得ていたらしく、今、クラヴィスは彼への憎しみを押し隠しながらゆらりと立ち上がった。
「私は、アンジェの為に何をすれば良いのだ?」
セイランは、そんなクラヴィスの憎しみの篭った目など、一向に気付かぬふりをして薄く微笑んだ。
「まず、リュミエール・ティタニア様の所へ行って、妖精を七人借りてきて下さい。そのうちの一人に必ずロザリアを加えることを忘れずに……それが済み次第、エリミア宮の僕の執務室にお越し頂きたい。僕と一緒に下界に降りていただきます」
「判った」
クラヴィスはそうぶっきらぼうに呟くと、着崩れたトーガを直しながら踵を返して部屋から出ていった。
その颯爽とした歩みにはもう、いつもの退廃した雰囲気など欠片も残っていない。
(……さて、ちょっと弾薬が乏しいかな……?)
四大天使の一人……しかも最愛のアンジェの父君に喧嘩を売ったというのに、セイランはもうそんなことも忘れて武器のチェックに突入した。
なんせアルカヤはかなり強い魔軍の侵略にあっていると聞く。四大魔王の一人が関わっているのではと噂されているぐらいだ。
アンジェが命を落とせば、自分も速攻で後を追う覚悟はできているが、二人で生き続け、幸せに暮らせるのならそれに越したことはない。
無駄な労力を嫌うセイランとしては、疲れる剣や魔法での戦いなど、余程のことがない限りはお断りだった。
(………仕方ない……補給してくるか……)
セイランは銃を腰に戻すと真っ直ぐにフロー宮に向かった。
★☆★☆★
3.
「へい、いらっしゃぁぁぁいませ〜♪」
フロー宮の売り子チャーリーは、揉み手、そして営業スマイル全開にして、愛想良くセイランを迎えた。
「今日はエライ勇ましい格好で……どこか写生にでも行きはるんでっか?」
「ちょっとアルカヤまでにね」
途端にぴきっとチャーリーの笑顔が引きつった。
「……ほ……ほなら……今日のセイランさんの目的は〜……絵の道具じゃなくて〜……」