どしゃ降りの涙♪
セイランは唇を吊り上げて邪気丸出しにして微笑むと、弾の切れたショート・ガンとライフル銃をカウンターに置いた。
「これらの弾薬と、手榴弾を五十。それとショートバズーカー砲一つに妖精用のレーザーマシンガンがあると助かる」
「ああああ!!」
チャーリーは聞くものか!!というように両耳を塞ぎ、首を横に必死で振っている。
そんな彼に構わずに、セイランは懐からAPカードを出した。
「支払いは一括で。何時用意できる?」
チャーリーは顔色を変えてカウンターをばん!!と叩いた。
「あかん!!あんたどこに戦争に行く気や? 大体あんさんは天使軍から事務職に回された方やろ!! こないに沢山の武器、一度に売れるか!!」
「そこを何とか」
「あかんゆうたらあかん!! 俺がジュリアス様の部隊に捕まってまう!!」
魔軍は堕天使の集団……つまりは反乱を起こした天使達である。
それ故天界は、危険分子のチェックと武器流出には余念がない。ジュリアスに嫌われているセイランは、裏切者候補リストの表紙を飾っている程要注意人物だった。
そんな彼に一度に大量の武器を売ったとなると、売り子は厳しく責任を追及されるのだ。
(……叔父上め………全く、迷惑な話だよ……)
ぐちっても仕方が無く、セイランは交渉の余地を探そうと身を乗り出した。
「どうしても駄目?」
「俺の意思は岩より固い!!」
「……なら、僕のAPポイント、五倍払ってもいいけど?……」
「……ぐ……」
「どうする?」
セイランはにこやかにチャーリーの鼻先でカードをぴらぴら振った。
「……………」
チャーリーの眼差しが、物欲しげにうるうると潤み出す。
なんせこのフロー宮の主は大の発明好き、そして究極の金食い虫だ。チャーリーの才覚と営業努力でなんとか切り盛りしているけれど、彼が稼ぐ端から借金も増えていく。
チャーリーはカウンターに手をつき、眉間に皺をよせしばらくの間項垂れていたが…………やがてふるふるとかぶりを振った。
「やっぱあかんわ……俺が捕まったら、ここにきてくれはるお客さん皆に迷惑かけてまう。APポイントは欲しいし、セイランさんの意向は汲みたい。せやけど、ほんま駄目なもんは駄目なんや。
セイランさんに売れるのは、この二丁の銃の弾薬二百発ずつ……それで限界や。
その代わり、出血大サービスで200APにしまっせ。
これが俺のできる精一杯や。
すんません……力になれなくて……ほんますんません!!」
チャーリーは何度も何度も繰り返し頭を下げまくった。
セイラン自身、ジュリアスの幕僚として約三十年も働いて来たのだ。彼のやり口は精通している。ここまでチャーリーが過敏に強く拒否するのなら、フロー宮に来ている通達は厳しいものがあるのだろう。
セイランはこれ以上強くは言うのを止めた。
チャーリーが言う通り、200APなど、製造原価ギリギリの値段だ。
それにセイランは彼のような努力家で誠実な者は好きだった。
駄々をこねても彼を困らせるだけなら、やりつづけるのは愚かしいし気の毒だ。
「画材……そう、チタンの絵の具を百二十色……筆一通りに二十号のキャンバスを十枚……筆洗用の油瓶二十本を定価で貰う。エリミア宮に運んでおいてくれ」
セイランは持っていたカードを、頭を下げたままのチャーリーの額にぺしっと押し付けた。
「セ……セイランさん?……」
驚いたチャーリーが、幼い顔で顔を覗き込んでくる。
セイランは、彼を労わるように優しく微笑んだ。
「銃二つとも弾薬を補充しておいてくれ。それから、今日君の上司はいるの?」
「は…はい!! 奥です!! 奥でバイクの改造にいそしんではります……」
「そう。少し邪魔する。用意は頼んだよ」
「はいい!!」
せっせとカウンターに商品を準備しだすチャーリーの横を擦り抜け、セイランは執務室に向かいながら幼馴染の名を呼んだ。
「ゼフェル……ゼフェル・ラツィエル!!」
「よぉセイラン!! 珍しいじゃねぇか♪」
綺麗な執務室をオイルまみれにしつつ、ゼフェルは己自身も真っ黒にして、バイクのエンジンを弄くっていた。
どうせ黒の胴着だ。セイランは服がオイルで汚れるに構わず、彼の近くに歩み寄った。
「今から出陣か? へへ……くたばるんじゃねぇぞ」
「僕が軍を外れたのはいつの話だい。全く……僕は魔軍と戦争に行くんじゃない……ちょっとクラヴィス様のお供で下界にね」
「……てめぇ……」
ゼフェルは最初眼を大きく見開き、まじまじとセイランを見つめた後、次に面白そうににやりと笑った。
生きる屍となったクラヴィスは、自分の宮殿から出るのも稀である。
そんな彼が、例え神の命令でも自主的に『下界に降りるから供をせよ』など、セイラン相手に命じる筈がないのだ。
「どーせ、お前のこったから、クラヴィス相手に銃ぶっぱなして威嚇して怒らせて、お前の望む通りに話の流れを持っていったんだろう?」
このゼフェルは、セイランが唯一親友と認める男だ。彼との付合いも赤子の頃からなので、気心も自然、ゼフェルの実の兄ルヴァ以上に知れている。
「ああそうだよ。君に隠し事をするつもりはないから言うけれど、クラヴィス様は床をゴロゴロ転がって逃げまどって下さったさ。日頃の緩慢さが信じられないぐらい、素晴らしいかわし方だったと言える」
「ぎゃははははははは!! あのおっさんがか!! おもしれぇじゃねーか!!」
ゼフェルは身を二つに折ってゲラゲラ笑い、オイルまみれのべたべたする手で、バンバンセイランの背中を叩いてきた。
服に無頓着なセイランだからこそ平気な行為だが、例えばオリヴィエとかにもあけすけに同じ事をすれば、結構凶悪な代物だ。
「全く……なんで俺も誘ってくれねぇんだよ……!! ほんと、おめぇって奴は……飽きねぇ奴だぜ」
「お褒め預かり光栄……といっておこうか? それより君、今何を改造しているんだい?」
「へへーん。聞いて驚け!!」
ゼフェルは誇らしげにプレートを外され、中身の剥き出しとなったバイクを叩いた。
「このちいせえ奴に光速艇ストームのエンジンとAIを丸ごと移植したんだ。惑星間移動、短距離も今までみたいに大雑把にじゃねぇ、一ミリも誤差なくちゃんと目的地に到着するぜ♪ これでルヴァの野郎にばれずに、天界から抜け出せるっつーもんよ♪」
「これ、直ぐ動くのかい?」
バイクにはサイドカーが付いていた。積め込めば四人は乗れる。
「おう。微調整してただけだから……外装くっつけりゃ何時でも飛べるぜ」
「それは好都合♪ 僕も無駄な労力は苦手なんでね♪」
セイランもにこにこ微笑んだ。彼を知る者が見たら、卒倒しそうな程心底嬉しそうな顔だ。
「なんだよおめー、気持ち悪ぃな」
ゼフェルは怪訝げに顔をしかめた。。
「ゼフェル、試運転したくないか?」
「おお?」
「ついでに、試作の武器弾薬なんかもあるなら、是非一緒にひっくるめて僕と来てくれないか? 君がせっかく苦労して作った武器やメカだ。自分の手でその効力を試してみたいとおもわないかい?」
「そりゃ……やりてぇけどよ……かなりあぶねぇぜ。人界にどれ程影響が出るのか定かじゃねぇし……」
「平気さ。僕らが行くのはアルカヤだ。ここには魔軍がいる」